文学の現場――『「文藝」戦後文学史』(4)

河出の第二次倒産に至る経緯や、寺田博の延べ十年ちょっとに及ぶ編集長時代については、本文を読まれたい。本当は、ここからが醍醐味である。
 
通史の要約は難しい。しかも書かれた材料の何倍かが、やむなく捨てられ、足元に踏み固められている。著者の文体の緊張感は、そんなところにも由来している。
 
私が河出に関する本を読んだのは、田邊園子『伝説の編集者 坂本一亀とその時代』(作品社)、寺田博『昼間の酒宴』(小沢書店)・『文芸誌編集実記』(河出書房新社)、小池三子男「河出書房風雲録・抄」(『エディターシツプ』№2)くらいのものだ。

それでも河出の人たちの魅力は、十分に伝わってくる。いずれも、とても面白い本だった。坂本さんや寺田さんだけではなく、「河出書房風雲録・抄」をよむと、河出にはとてつもなく面白い人が、いっぱいいることがわかる。
 
同じ会社でないということは、必然的に酒場で会う以外に、会いようはないわけだけれど、でも呑み屋で会うと、会社の違いを忘れた。それほど魅力的な人が多かった。金田太郎さん、飯田貴司さん、岡村貴千次郎さん、長田洋一さん、みな懐かしい。みんな、会社の人間である前に、一人の個人だった。
 
佐久間文子『「文藝」戦後文学史』について書いたのは、要約でもなければ、論評でもない。緊張感ある通史の要約はできないし、これだけの労作を論評することも、私にはできない。

「本文でも引用している、古山高麗雄さんが『文藝』のことを評した、〈転変の激しい文芸雑誌である。なにか、本流に揉まれながら泳ぎ抜き、生き抜いてきたといったような雑誌である〉という、その表現がとても好きである。」
こういう表現に限りなく共感したので、ただ思いのままを綴ってみた。

(『「文藝」戦後文学史』佐久間文子、河出書房新社、2016年9月30日初刷)

この記事へのコメント

  • 佐久間文子

    二回目の文章を偶然目にして、一体どなたが書いてくださったんだろう、と見たら、中島さんでした。丁寧に読んですばらしい評を書いてくださり本当にありがとうございます。三回、四回と緊張しながら拝見しました。ブログ、これからも楽しみにしています。
    2017年01月14日 13:59

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