読んではみたけれど――『蒲団・一兵卒』

むかし高校生のとき、何かの拍子に徳永直の『太陽のない街』を読んで、これはプロレタリア文学というよりは、工場労働者と官憲の手に汗握る追い掛け合い、つまり冒険アクション小説だなと思った記憶がある。
もちろん当時は官憲に捕まれば、下手をすれば命はない。でもそういう状況が全部取っ払われれば、アクション小説という原型が残る。そして残った「原型」は面白いのだ。

『蒲団』も明治40年という約束事が全部取っ払われた時、妻子持ちの男と女子学生の、みっともないけれど赤裸々な恋愛の原型が現れてくる、そういうものを期待して読んだ。
でも『蒲団』に関しては、そういうものを期待してもだめである。

まだ女子学生が上京してくる前に、主人公の竹中時雄は、女に写真を送れと言おうとする。
「女性には容色(きりょう)というものが是非必要である。容色のわるい女はいくら才があっても男が相手にしない。時雄も内々胸の中で、どうせ文学をやろうというような女だから、不容色に相違いないと思った。けれどなるべくは見られる位の女であって欲しいと思った。」
時雄は、こんな程度の男として登場し、そしてそのまま終わりまでその調子でいく。(もっとも写真の件は黒々とスミで塗りつぶすが。)

肝心のヒロインもどうということのない、どこに取り絵があるのかわからない女性だ。

では全部がこの調子なのかというと、不思議なことに主人公とヒロイン以外は、例えばくにから出てくる女子学生の父親や、時雄の細女などは、なかなか奥深い描き方がしてある。
だから中島京子は「蒲団の打ち直し」と題して、細女の目から「蒲団」の書き直しをし、それは充分おもしろいのである。

しかしとにかく『蒲団』は、止めておいたほうがいいと思う。ちなみに『蒲団』には、中島京子の『FUTON』にふんだんにあったような、「蒲団」な関係すら稀薄なのである。

で、そこでやめてもよかったんだけど、ことのついでに『一兵卒』も読んでみた。すると、なんとこれは傑作である。たとえば『西部戦線異状なし』のように、一人の兵士の死を描いて、一部の隙もない名作であった。

(『蒲団・一兵卒』田山花袋、岩波書店、1930年7月15日初刷、
  2002年10月16日改版第1刷、2013年9月13日第13刷)

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