今度はコメディ――『アンタッチャブル』

「俺や。おまえ、馳星周の『アンタッチャブル』、読んだか?」
Nやんが大阪から電話してきた。

「いいや、読んでない。いつ出たんや。」
「去年の5月20日が初版や。おまえ、ひょっとして6月まで病院やったんやなあ。」
「うん、ぜんぜん知らん。」
「俺の持ってるのは2刷りで、6月25日に出てる。」
「重版出来!、快調や。」
「うーん、ところがそうでもない。」

Nやんのそこからの話は長かった。

「これは宮澤と椿という、二人の公安が活躍する話やけど、いつもの馳星周とはまるでちがうんや。筋立ては、二人の公安警官が、北朝鮮のテロを阻止するいう話なんやけど、これがいつもの馳星周とは、文体も、作品の骨格もまるで違うてて、なんというかコメディなんよ。」
「ええっ!?」

「せやから、コメディなんやわ。
馳星周のいつものやつは、なり上がりとうて焦ってるやつが、ちょっとずつミスを重ねて最後に破滅するという話や。そのチンピラが破滅に至る道すじが、スピード感を増してゆく文体で活写されとるわけよ。
ところがこの文体が、最後まで行っても全然変化せえへん。なんせコメディやからな。
主人公の宮澤は、いつもの成り上がりたいくちやけど、上司の椿はキャリア組で、しかも変人。いうたら奥田英朗の『空中ブランコ』や『イン・ザ・プール』の「ドクター伊良部」やね。」

「『町長選挙』の「伊良部」か。なんや馳星周らしないなあ。」

「椿は、まあムチャクチャ食べるし飲むし、体格もガッチリしてるんやけど、ちょっとトボケた味があって、あの「伊良部」の「精神科へいらっしゃーい」とよう似てるんや。
筋はひたすらテロを追って、起爆剤を持ってるかもしれん女や男を追いかける話や。まあいうたら、逢坂剛の『墓標なき街』みたいなもんや。知ってるやろ、「百舌シリーズ」の最新作や。」

「ああ、知ってる。そうすると文体は奥田英朗で、内容は逢坂剛か」

「うん、そうや。
しかし俺が聞きたいのは、内容はいろいろ書けるにしても、文体まで変えられるもんか、ちゅうことや。とくに馳星周のは、クライマックスの文体が個人の生理そのものやと思わせたからなあ。」

「作家が文体を使い分けるについては、ようわからんなあ。
せやけど、そもそも『アンタッチャブル』ちゅうのは面白いんかい。」

「さあ、そこや。文章は奥田英朗に似ておもろい、内容は後をつける逢坂剛に似ておもろい。そういうことや。これ、皮肉やないで。
あ、もうケータイの充電、切れかけとる。『アンタッチャブル』はすぐに送ったるわ。ほんなら、またなあ。」
そんな次々に送っていらんわ、と返したときにはもう切れていた。

(『アンタッチャブル』馳星周、毎日新聞出版、2015年5月20日初刷、6月25日第2刷)

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