第4章は「インフレーション理論」で、神話はいよいよ神話らしくなる。
宇宙がずっと一定であれば、すべては対消滅で何も残らない。
そうではなくて、宇宙の初期に、密度10万分の1程度の揺らぎがあったらしい。この初期の揺らぎが、重力の働きにより増幅されたようだ。
インフレーション理論は1980年、アメリカ人により提唱された。わずか40年ほど前のことである。
インフレーションによる急激な膨張が起こった時期は、正確には分からないのだが、宇宙誕生後10-38〔乗〕から10-26〔乗〕くらいの間の、どこかだったと考えられる。このくらいになると、本当に「神話」らしくなり、トピックを記述するしかなくなる。
宇宙が高温高密になったのは、インフレーションが終わり、そのエネルギーが熱エネルギーに変換されたからであり、だから宇宙の始まりはビッグバンではない。
これは僕が思うに、ビッグバンが宇宙の始まりとすると、整合性のつかないところが出てくるので、その前に、仮にインフレーションを置いたのである。
だんだん分ってきたところでは、「宇宙神話」は物理学的手法を唯一の方法として、矛盾や整合性のつかないところが出てくれば、そこで何とかするということなのだ。
だからと言って、次のような一文は、どこをどう捻ってみても、意味不明である。
「マルチバース理論では、空間の加速膨張であるインフレーションは、私たちの宇宙の『外側』やその誕生『以前』でも頻繁に起こっていると考えられています。そのため、現象としての加速膨張と、その特定の現れである私たちの宇宙の超初期に起こった加速膨張を混同しないことは、〔中略〕極めて重要になってきます。」
ここでは「インフレーションは、私たちの宇宙の『外側』やその誕生『以前』でも頻繁に起こっている」というところで、絶句してしまう。
第5章「私たちの住むこの宇宙が、よくできすぎているのはなぜか」、第6章「無数の異なる宇宙たち――『マルチバース』」になると、要約することも難しい。
たとえば第5章に、こんな引用がある。
「重力を伝えると考えられる粒子を重力子と呼びますが、その固有質量もゼロです。そのため、重力波の伝搬の速さも自然界における最大の速さ、つまり光速と同じです。」
なるほどそうか。しかし「重力子」はまだ、見つかってさえいないのだ。
さらにこんなところも。
あらゆるシグナルの速さは、光速を越えない、という相対性理論の原理を破るわけではないが、と前置きしておいて、こんなことを言う。
「ここでは大雑把な理解として『空間自体の膨張の速さは(物理的なシグナルの伝搬と違って)光速に縛られることはない』としておいてもらえればよいのではないかと思います。」
そんないい加減な、でも、まあしょうがない。「宇宙神話」は、宇宙の「外側」まで取り込んで、建設中らしいから。
第6章「無数の異なる宇宙たち――『マルチバース』」になると、まさに「物理学神話」、花盛りである。
「自然界には無数の異なる宇宙が存在するという一見突拍子もない考えは、他のどの理論も説明し得なかった真空のエネルギー密度の小ささを説明しただけでなく、その真空エネルギー密度が(人間が宇宙を観測したとき、すなわち高等生命体が生じた時期の)物質のエネルギー密度とほぼ同程度の大きさであることきで予言し、それは実際に観測で確かめられたのです!」
うーん、ほんとかなあ。観測といっても、間接的な観測だったんじゃないか。「無数の異なる宇宙」の存在は、まだ一般の常識にはなっていないと思うが。
このあと超弦理論(超ひも理論)か出てきて、10次元宇宙の話になる。これはもう、一歩誤ればキ印の世界である、と言ったら失礼か。
「これら多くの宇宙では、私たちが基本的だと思っていた多くのこと――空間の次元、力の種類、素粒子の性質、真空のエネルギー等――が私たちの住む宇宙とは根本的に異なっていることになるのです。」
ここまで来れば、もう何でもあり。物理法則一本やりで行くと、ともかく飛んでもないところへ出てしまうようだ。
(『なぜ宇宙は存在するのか―はじめての現代宇宙論―』野村泰紀、
講談社ブルーバックス、2022年4月20日初刷、2024年6月11日第17刷)