ムダに血がのぼる――『言いたいことは山ほどある―元読売新聞記者の遺言―』(山口正紀)(1)

元編集者のSさんは年賀状に、前年面白かった本を、2,3冊挙げてくる。その挙げ方は、簡単な評も含めて絶妙で、読んでない本の場合には、必ず読む気にさせる。
 
ジャンルは思想・歴史系が多いが、昨年の年賀状では珍しく、山口正紀『言いたいことは山ほどある』を挙げていた。
 
サブタイトルを見ればわかるように、今はフリーのジャーナリストが、がんの末期に言っておくべきこと言ったもの。著者は2022年12月に亡くなった。
 
内容は、2020年から22年にかけての社会問題を扱ったもので、目次ではなく、テーマを簡単に抜粋しておく。

 少年の立ち直りを妨げる「実名報道解禁」案

「アベ政治の七年八か月」検証報道は放棄された

「袴田事件」の冤罪に加担したメディアの責任

 体制翼賛の東京五輪、疑問・批判はタブーに

 新型コロナの感染大爆発は「患者見殺し政策」という人災

「飯塚事件」は検察によって死刑執行された冤罪

 いよいよ〈壊憲〉に動き出した岸田首相

 だれがウィシュマさんを殺したのか

 ヘイトクライムを助長した石原慎太郎の暴言録

 「安倍はウソつき」と言っただけで逮捕・勾留される危険性

本の内容は、およそこれの倍あるが、ここに挙げただけでも、その方向性はわかるだろう。

このなかでは「飯塚事件」に注釈が必要だろう。

これは1992年、福岡県飯塚市で起きた2人の女児殺害事件で、久間三千年さんが逮捕され、一貫して無実を訴えていたが、2008年に死刑が執行された。
 
問題になったのはDNA鑑定だ。これと同じ時期のDNA鑑定が、「足利事件」で誤りであることが分かり、こちらの方は再審無罪となったのだ。

「この足利事件で『DNA型再鑑定へ』と報道されたのが〇八年一〇月上旬。その一〇日余り後、突然再審準備中の久間さんの死刑が執行された。それを知った時、私は恐ろしい疑惑に駆られた。この死刑執行は、足利事件に続いて『DNA冤罪=DNA型鑑定を悪用した冤罪』が発覚するのを恐れた検察による口封じ殺人ではなかったか……。」

「足利事件」の再審無罪は、テレビや新聞で大きな話題になった。

被告が死刑判決を受けた「飯塚事件」は、同じ型のDNA鑑定を用いているから、裁判はやり直しになると思っていたら、突然死刑が執行された。

「飯塚事件」は、上・中・下と3章をついやし、委曲を尽くして冤罪を証明しようとしている。誤ったDNA鑑定以外にも、誰が見てもおかしな証拠がいくつもあるのだ。
 
僕はこの事件を、「現代を聞く会」という勉強会で知った。そのときの講師は、青木理さんだった。

「飯塚事件」は、著者がこれを書いている時点で、第2次再審請求がだされている。
 
そこでは、「警察が握りつぶしてきた真犯人につながる新たな目撃証言が加わる。この強力な新証拠を前に、裁判所は、司法が犯した『冤罪死刑』という取り返しのつかない過ちに目を逸らし続けることができるだろうか。」
 
僕はできると思う。というか、冤罪で死刑になったことが明白であればあるほど、裁判所は再審請求を認めないだろう。

「袴田事件」や「足利事件」は、冤罪とされた人が生きていた。「飯塚事件」は、検察が被告人を殺した。というのはつまり、国が冤罪の疑いのある人を殺したのだ。これは後戻りできない決定的な事実である。検察庁と裁判所は、裁判のやり直しを認めるわけがない。