かくも豊かな疑問――『飛ばないトカゲ―ようこそ! サイエンスの「森」へ―』(小林洋美)(4)

次の「時間の化石」は面白い、と書きながら、いつも同じ導入だなと反省する。考えてみれば難しいものは飛ばして、面白いものに限り紹介しているのだから、こういう導入は必要ないともいえる。
 
最初は2本足で歩くワニである。

「韓国南部の晋州層から、白亜紀前期(一億一〇〇〇万年前)の後足だけの足跡化石が報告された。体長三メートルのワニ類が二足歩行をしていた足跡だという。現生のたとえばアメリカワニは四足歩行で、左右の足跡は約八センチ離れているが、この白亜紀の足跡は左右の間隔がマイナス二センチ、つまり一方の足を他方の足の前に出して『モンローウォークのように』歩いていたらしい。」
 
ウソだ、と反射的に私は思った。マリリン・モンローのように、お尻をぷりぷりさせながら、2本足で立つワニ、それはもうワニとは別種の生き物、ワニリンかなんかに違いない。
 
著者だって、「どうしたってマリリンと重ね」て想像すると、思わず身もだえしそうになる、と書いている。
 
すると今度は、海底に固着するウミユリの化石の論文が出た。

「Gorzelakらは、現生ウミユリは危険が迫ると腕を自切すること、切れた腕はトカゲのしっぽのように動き、海底に独特な放射状の模様を作ることを発見した。さらに、これと同じ模様が、米国ユタ州で発掘された三畳紀前期(二億五〇〇〇万年前)のウミユリ化石の周囲にあったのだ。」
 
ウミユリが、トカゲのしっぽのごとく腕を切るのも、びっくりだが、その切った腕を、2億5000万年前の化石として発見したというのが、もっとびっくりである。
 
これを読んだ著者の感想。

「自切してうごめいたウミユリの腕の生痕! 一体誰が食べようとしたのだろう?」
 
疑問はそっちの方向へ行くんかい。
 
と思っていたら、今度は米国ニューメキシコ州で、更新世後期(1万1000年前)のヒトの足跡が見つかった。
 
これは保存状態が良く、90個の足跡が、北向きと南向きにならんでいる。同一人物が往って還ったものかもしれない。

北向きのときは、子供を連れているようだった。並んだ子供の足跡が、ときに欠けているのは、ときどき子供を抱き上げたのではないか、と想像される。
 
興味深いのは、北向きの足跡を踏んで横切ったマンモスとオオナマケモノの足跡であり、しかもヒトの南向きの足跡は、さらにそれらを踏んでいたのである。ヒトと獣の戦いは、一触即発だったわけである。

「足跡が迷いなく一直線に続いていることから、馴れ知った目的地を目指し、肉食獣を警戒しながら早足で歩いたのだろう。オオナマケモノはヒトの足跡付近で歩き回り、後足だけの箇所もあることから、上体を起こしてヒトの存在やにおいを確認していたのではないか。一方、マンモスの足跡にはヒトを気にするような行動は見られなかったという。」
 
まるで昨日見てきたような光景だ。4歳くらいの子どもと若い父親が、ときどき抱っこしながら、北にまっすぐ歩いて行く。帰りは一人だ。その間、運が悪ければ肉食獣に出くわす。1万1000年前の日常では、よくあったことなのだろう。
 
論文を読んだ著者は、ずうっとずうっと昔のことを、ありありと思い浮かべる。

「はるか昔のワニが、ウミユリが、ヒトが、過ごした時間の経過を目の当たりにするというのは、何か呆然としてくる。」
 
と同時に、何万年も前の一瞬一瞬が、限りなくいとおしくなる。