これは小説だが、2014年に起きたシングルマザーたちの占拠事件を、モデルにしている。
カバー表見返しの惹句を引く。
「ホームレス・シェルターに住んでいたシングルマザーたちが、地方自治体の予算削減のために退去を迫られる。人種や世代を超えて女性たちが連帯して立ち上がり、公営住宅を占拠。一方、日本の新聞社ロンドン支局記者の史奈子がふと占拠地を訪れ、元恋人でアナキストの幸太もロンドンに来て現地の人々とどんどん交流し……。」
主人公は、運動グループをつくった、若いシングルマザーのジェイド。出産前は保育士の仕事をしていた。当然ここには、保育士だったブレイディみかこが、投影されている。
でも、ちょっと待てよ。これは実際の事件の話だから、主人公の保育士の話は事実かもしれない。むしろ同じ保育士というので、ブレイディみかこが、魅かれていったのかも、その辺は分からない。
そしてジェイドを取り巻く、ラッパー風の黒人女性、ギャビー、フィリピン系移民の母親を持つシンディ。ジェイドと力を合わせ、運動を引っ張っていく2人は、もちろんシングルマザーである。
最初に断っておくと、この小説は、人物の配置がいかにも教科書通りであり、最後にどうなるか以外に、激しく興味をそそるところはない。
その意味では、前作『両手にトカレフ』を上回る期待をもって読みはじめたら、がっかりする。実際、『両手にトカレフ』は、後半の手に汗握るクライマックスまで、間然するところのない傑作であった。
それと比べれば、落ちるのは仕方がないが、それでもキラリと光るところはある。
たとえば英国の里親制度について。
「懐の深い里親のところには、障碍を持った子どもとか、英語を喋れない移民の子どもとかが優先的に預けられるそうで、ギャビーのように体も丈夫で英国生まれの子どもは良い里親のところには長居できないシステムになっているらしい。」
さすがに移民が大勢いる国だ。行政が里親を定めるのに、そこまで配慮をするのか。日本では、「懐の深い里親」どころか、里親という制度すら機能していない。
日本もいずれは、移民を受け入れなければいけない。そうしないと、日本は滅んでいかざるを得ない。のんべんだらりと、少子化を議論している場合ではないのだ。いや、議論するところまでも行ってないか。
次は2012年の、ロンドン・オリンピックが終わって。
「B級SF映画に出て来る壊れかけのバベルの塔の静止画像みたいな、オリンピックパークの展望塔、アルセロール・ミッタル・オービットだ。莫大な資金を投入し、ロンドン五輪を記念して建てられた、シュールなほど変な形をした巨大な建造物と、住む人もなくうち捨てられている公営団地群。
これほど象徴的な眺めがほかにあるだろうか。」
どこの国も、宴の跡はみな同じである。なかでも、ブラジルはリオデジャネイロの、2016年のオリンピックがひどかった、という報道を見たことがある。
日本の場合は建造物より、オリンピックに群がる人間の方がひどかった。電通から角川書店の社長まで、ここには当然、政治家も絡んでいるはずだが、それが故・安倍晋三を頂点とするものだから、全然出てこない。
ロンドンやリオデジャネイロの、建造物の廃墟がいいのか、東京の「腐り果てた人間の群れ」がいいのか。書いているうちに、嫌になってきた。