説得はされなかったが、やりきれない――『カーストーアメリカに渦巻く不満の根源―』(イザベル・ウィルカーソン)(5)

そして次は、イザベル・ウィルカーソン自身の話だ。
 
イザベルは早朝の便で、シカゴからデトロイトに着いたばかりだった。その日は『ニューヨーク・タイムズ』の記者として、取材をすることになっていた。
 
空港でシャトルバスを待っているとき、突然、白人男性と白人女性に話しかけられた。

「なぜデトロイトにいるのですか? 何をしに来ました?」
 
そこから始まって、しつこく延々と聞いてくる。2人の白人は、麻薬取締局(DEA)の人間だった。どうしてDEAの人間が?
 
イザベルはともかく、自分一人のせいでバスを待たせているので、必要なことを一気に伝えた。

「シカゴに住んでいて、今日は日帰りです。『ニューヨーク・タイムズ』の記者です。バスに乗らないと」。
 
しかし2人は、去っていかない。

「バスに乗るのは認めます。一緒に乗らせてもらいますが」。
 
まるで不条理小説だ。

「他の乗客はわたしを、それから捜査員を、そしてまたわたしを睨んだ。わたしは事態がまったく信じられず、あまりのショックに恐怖も感じなかった。捜査員だけでなく、軽蔑とさげすみの目を向けるバスの乗客全員からとがめられ、責められながらそこに坐っているのは、精神的暴力を受けているようだった。」
 
もし突然こんなことが起これば、誰であっても動転する。場合によっては恐怖のあまり、逆に暴力沙汰を起こすかもしれない。
 
イザベルはもちろん、そんなことはせずに、落ち着きを取り戻し、最良の方法を選ぶ。

「記者だというのを信じてくれなかったので、わたしはいかにも記者らしく振る舞うことにした。バッグからペンとノートを取り出す。ノートを取るのは止められないだろう。それはわたしにとって呼吸のように自然で、安心させてくれる反応だった。」
 
イザベルは2人の係官について、ノートに微細に特徴を描いた。ささやかな逆襲である。
 
空港から跡をつけた2人は、バスが止まると表情を変えずに、坐ったまま、「よい一日を」と言った。あっけない結末だった。
 
しかしイザベルは、その日の記憶がほとんどなく、車を運転するのにヘマばかりやっていた。

怖い一日であった、私はそう思った。こんなことが日本で起こったら、と考えると、異常性は際立ってくる。
 
もう一つの問題は、プールである。1960年前後に、公共施設での人種隔離が、違法となった。これを受けて南部の都市は、白人専用だったプールを閉鎖したり、そこにコンクリートを流し込んだりした。黒人と水を共有するくらいなら、誰も泳げない方がいい、というわけだ(ほんとに正気かね)。
 
これは5,60年前の話ではない。
 
2015年に、テキサス州マキニ―で、黒人のティーンエイジャーたちが、プールパーティーに参加したところ、白人の住民が、不法侵入であると警察に通報した。

「通報を受けて到着した警官が歩道にいた十五歳の少女を引っ張り、地面にうつ伏せに押し倒し、全体重をかけて動けないようにした。ビキニを着た少女の細い体に大の大人が膝をのせて体重をかけ、その下で少女はどうすることもできずに泣いている。黒人の少年たちがとっさに駆け寄って助けようとすると警官はピストルを向け、少年たちは後ろに下がった。」
 
異常な光景である、そうとしか言いようがない。
 
同時に昔から思っていることだが、なぜアメリカの黒人は、オリンピックの水泳に、ただの一度も出てこないんだろう。