説得はされなかったが、やりきれない――『カーストーアメリカに渦巻く不満の根源―』(イザベル・ウィルカーソン)(4)

前回のリンチの例は、少なくとも20世紀前半のことだ、と思うかもしれない。そうではない。
 
イザベル・ウィルカーソンは、こんなふうに書いている。

「富と名声があっても、従属カーストに生まれた人は警察による残虐行為から守られたことがない。」
 
警察が守るのではない。残虐行為の主体は警察なのである。これをどういうふうに考えればいいか。

「二〇一五年、ニューヨーク市警がマンハッタンのナイトクラブの外でNBA選手に脚の骨を折るけがをさせた。これが原因で、アトランタ・ホークスのフォワードだったこの選手はシーズンの残りの試合に出ることができなかった。最終的に四〇〇万ドルの和解金が支払われることになり、選手はすぐにこれを公設弁護人のための基金に寄付すると言った。」
 
それはそれで決着がつくまでの流れだが、著者はこの事件に関し、肝心なことを書いてない。
 
ニューヨーク市警の暴力警官は逮捕されたのか。これが一番肝心なことだ。そして400万ドルの和解金が出たというが、それはどこから出たものなのか。まさか税金から出たのではあるまい。すると、この警官が払ったのか。

いや、そんな莫大な額を一警官が払えるわけがない。するとニューヨーク市警が払ったのか。でもそれだと、税金からと同じことではないか。
 
これはニューヨーク市警の中に、狂気の警官モドキが、まぎれていたようには見えない、ということが最大の問題だ。
 
このような警察の例は、それこそ枚挙にいとまがない。

「二〇一八年には、元NFL選手のデズモンド・マローが、自分の車にコーヒーを投げつけてきた別の車の運転手と口論になり、警官がマローを殴り倒したという報道があった。その年の春に出回った映像では、警官たちがマローの腕と脚をねじり上げ、地面に押し倒してうつ伏せにした。それから警官たちはマローを仰向けにして喉を押さえ、マローは重さに耐えきれずに意識を失った。この映像が広く注目されると、警察署内で調査が行なわれ、警官一人が解雇された。」

「警官一人が解雇された」、ですむ問題ではない。わずか5年ほど前のことである。アメリカの警察は、まったく狂気の集団というほかない。直ちに再教育して、まともな集団に再編成すればいいではないか、と外から見ている分には考える。
 
そうはいかない。たとえば日本なら、出入国管理官の問題がある。管理官は、移民を申請してくる外国人を虐待している。これはたまに殺人事件として浮上する。しかしもちろん、誰も処罰されない。アメリカとまったく同じである。

「『人生でどんなに有名になっても、どんなに裕福になっても、どんなに人に崇められても、何をしようとも』とちょうどその前年にNBAスターのレブロン・ジェイムズは記者たちに言っていた。『アフリカ系アメリカ人男性かアフリカ系アメリカ人女性であれば、いつまでもそのままさ』。」
 
にわかには信じられない。けれども、そういうことなのである。
 
2016年、トランプが当選した大統領選挙の後で、アメリカの日常の中で白人による黒人市民の監視が、あまりにありふれたものになった。
 
著者はいろんな、信じられない例を挙げている。たとえば黒人が、フイラデルフィァのスターバックスで友人を待っているとき、あるいはセントルイスで自分のコンドミニアムに入ろうとしたとき、警察に通報する様子が録画された。
 
イェール大学の大学院生が、居眠りをしていた話は、ゾッとさせる。

「〔大学院生が〕寮の共有エリアで勉強中に居眠りをしていたところ、女性が大学の警察を呼んだ。警官はこの大学院生が寮の自室のドアを鍵で開けてみせてからも身分証明書を見せろと要求した。『イェール大学の建物にいるのだから』と警官の一人は言った。『ここにいる権利があるのか確かめる必要がある』。」
 
一歩間違えば狂気、しかも集団狂気に陥る可能性がある。あるいはもう陥っているか。

「警官が黒人市民を襲ったり銃撃したりする事件が広く知られているため、今ではアメリカ人のほとんどは、黒人について警察に通報すれば生死に関わる状況になり得ることを知っている。」
 
アメリカはまともではない。これは国内が最高度に緊張し、弾ける寸前の段階、いわば内戦の一歩手前である。

アメリカで仕事をする日本人は、相当数いるはずだが、こういうことを、アメリカにいる間は誰でも知っていて、しかし日本に暮らす人は知らなくていいと考えたのか、それともアメリカにいて、特に何にも感じなかったのか、どっちなんだろう。
 
それともトランプが大統領一期で落選した結果、アメリカはまともになったのか。とてもそうは思えないが。