これは警察小説の王道であるが、同時に犯人の方も一人称で描いていて、いわば全体が共鳴装置になっている。これは黒川博行の小説としては珍しい。
刑事と犯人の、両方から描く場合には、読者の思い入れが、どちらかに偏らないことが難しいのだ。つまり読者は、刑事にも犯人にも等分に、肩入れする必要がある。作者はそれを、微妙なつり合いで成し遂げているのだ。
登場人物は、刑事の側が、大阪府警察本部の舘野雄介と、箕面北署の玉川伸一、つまり府警と所轄署のコンビである。これは殺人事件など凶悪事件が起きたとき、こういう組み合わせで捜査にあたる。
舘野雄介は府警のエリートだが、そんなふうに描かれてはいない。箕面北署の玉川伸一は、酸いも甘いも嚙み分けたベテランで、読書家でもある。黒川博行の小説では、コンビの片方は常に読書家なのだ。
刑事側の叙述は、舘野雄介から見たものだが、舘野の1人称ではなく、3人称である。
それに対する犯人は、総合探偵社WBの社長、箱崎雅彦。こちらの叙述は1人称である。
刑事の3人称と、殺人犯の1人称が、交互に共鳴して抜群の効果を上げている。
殺される面々は、過払い金マフィア、マルチ商法の親玉、カルト教団の宗務総長、そして撃たれて生死を彷徨う別のカルトの教祖。つまり殺られても当然といった面々である。
読者が、殺人犯の1人称を不快に思わないのは、こういうところにも仕掛けがある。
先に挙げた中で、僕は「過払い金マフィア」というのは、知らなかった。
「過払い金」というのは、消費者金融の客が、利息制限法の上限金利を超えて、金融業者に支払った利息である。2006年1月に最高裁が、グレーゾーンの金利を無効としたことにより、消費者金融の顧客が、過払い金の返還を請求するようになった。
このとき以降、「過払い金バブル」が発生し、請求業者は返還額の20%から30%もピンハネするようになった。
この請求業者が問題である。1999年から司法制度改革により弁護士が急増し、その後、弁護士の広告解禁と、司法書士の広告自由化により、大量の広告を打つ弁護士事務所や司法書士事務所が乱立した。
そうか、「むかしちょっと借りたんだけど、過払い金の請求をしたら、こんなに戻ってきちゃった」という、弁護士事務所のコマーシャルは、これだったのか。でも底辺のどぶさらいのような仕事だが、これはこれでまっとうな仕事ではある。
しかしここに登場する男は、消費者金融から回収した過払い金、推定20億から30億を、依頼者に一銭も返さずに、偽装破産した。とんでもない奴なのだ。
あとのワルたちは、よく知っているだろう。
今回の犯人は、みごとに警察の裏をかく。
「外国人の仕業かな」
「そうに決まっとるわ。中国人ギャングや。向こうでチーム組んで観光ビザで日本に来て、日本の情報屋からネタもろて盗みに入る。稼ぐだけ稼いだら、とっとと国に帰りよる。せやから、めちゃくちゃするんや」
巷の噂は、もっぱらそういうところに落ち着く。犯人の箱崎が、そういうふうに仕組んでいるのだ。
警察のことは、あらかじめすべて分かっている。なぜなら箱崎は、元エースと呼ばれた警察官だったから。