「第5章 成長の陰に」は、ここまでインドが、いろいろな面で発展してきた話をしたけれど、一皮めくれば、やっぱりインドはなあ、という話題に満ちている。それを箇条書きにしていく。
国民の8割は健康保険に入っていない。医療保険に入るだけの金銭的余裕がない。このことと、国民の中では中産階級が厚い、という話は矛盾してないのだろうか?
貧困層の多くは農村に居住している。労働人口の46%が農業に従事しているが、GDPに占める農業の比率は16%に過ぎない。インドの農業の生産性は、きわめて低い。
男女間の格差も、言いようもなくひどい。2011年の統計では、男性1000人に対し女性943人で、これだけ較差のある国は世界的にも珍しい。もちろんその背景にあるのは、伝統的な男子選好である。
理由の1つには、結婚の際に新婦側の家族から、新郎側に金品を贈る、「ダウリー制度」と呼ばれるものがあり、女の子が生まれた家では、誕生したその日から、結婚に備えて貯蓄に励むことになるという。当然そんなことは嫌だと思う夫婦が、女性の出生率を低下させている。
「ダウリー制度」を外側から、あほらしいとバカにしても、現にそこにあるものだからしょうがない。
女性への性暴力も、深刻な社会問題になってきた。2021年の政府統計では、年間3万1677件のレイプ事件が起きている。これは1日当たり87件、1時間当たり3人以上の被害者が出ている。しかしもちろん、これは公に報告されたもので、ぞっとする話だが、氷山のごく一角に過ぎない。
レイプ被害の9割が、家族や知り合いによるのは、世界共通である。ただインドの場合、カーストの低い層の女性が標的になりやすい。
インドでは選挙における女性の投票は、「一家の大黒柱」である男性の指示に従うことが多く、その意味で政治家が、ジェンダー問題で票を得ることは難しい。
女性差別は書いていて、あほらしさと憤懣が溜まってくる。むかむかしてくる。
インド社会の根深い問題には、汚職の蔓延もある。政治家や官僚の汚職、脱税、脱税などによる「ブラック・エコノミー」は、一国の経済の中で大きな比重を占めている。
とはいってもGDPに占める比率は、算定が難しい。「16%という説、ネルー大学アルン・クマール教授の50%説、元インド中央捜査局のラールによる100%説など様々である。」
100%って何、どういうこと? この辺はどう考えたらいいのか分からない。
要するに「発展途上国」では、何をするにもワイロが必要だという話だ。運転免許証の取得から結婚届、土地の所有権登録、学校の入学、就職まで、なんでもワイロである。
政府補助金も頻繁に横領されている。「インドの補助金は15%しか届かない」という、ラジブ・ガンディー元首相の発言は、いまだによく引かれる。
インドの大気汚染はすごいことになっている。スイスのIQエアーの調べでは(これが何であるかは知らない)、世界の大気汚染で「最も深刻」な15都市のうち13都市が、また「かなり深刻」な30都市のうち22都市が、インドにある。
大気汚染のため、肺疾患、心筋梗塞などに罹る人も多い。デリーでは2019年に大気汚染で亡くなった人は、1万7500人に上った。いわゆる日本の、一昔前の「公害」ですね。
次も同じで、水質汚染も深刻である。上下水道の整備が遅れていて、肝炎や下痢などで多くの子供の命が奪われている。工業廃水を管理する規制が働いていないため、都心部では下水の7割が、未処理のまま排出され、健康被害を及ぼしている。
そして「聖なる川」ガンジスも、汚染が激しい。ガンジス川は、「その水がすべての罪を洗い流す」と信じる人々の、沐浴の場になっている。その水は、全人口の4割の飲料水や調理用水として利用される。
しかしガンジス川に流れる水の、約8割が汚染されている。また川岸には工場や農場が並び、汚水や化学物質を垂れ流している。
あーあ、インド、私は住みたくないな。
しかしそういうこととは別に、出版の企画としては、十分成り立ちそうな気もする。
日本の大手企業でも、駐在している人は多いだろう。単身赴任が多いにしても、一家で住んでいる人もいるはずだ。主婦の目で見たインドというのは、面白くなりそうな気がする。いや、別に主婦でなくとも女性であれば、文章がそこそこ書ける人なら大丈夫だ。
大事なのは、日常の中で落差が大きいということだ。日本とインドの落差、インドの中での落差。当事者として、それは大きければ大きいほど面白い。
堀田善衞『インドで考えたこと』、椎名誠『インドでわしも考えた』……、そろそろ次が出てもいいころだ。それも旅行者としてでなく、インドに暮らしてみた、という視点で。