未だ不定形――『インド―グローバル・サウスの超大国―』(近藤正規)(4)

「第3章 経済の担い手」では、「IT産業の飛躍」が面白い。
 
インドでIT産業が発展した理由について、著者はいくつか挙げているが、その土台は分かるような、分からないような話だ。

「その昔ゼロが発見されたのも、天才数学者ラマヌジャンを生んだのもインドであったことからわかるように、インド人は観念的なことに秀でていて、大量生産よりも一品生産を得意とし、自由でフレキシブルな仕事文化を好む。こういった才能がIT産業で一気に開花した。」
 
ゼロの発見とラマヌジャンはすごいと思うけれど、それをもってインド人の才能が、「IT産業で一気に開花した」は、ちょっと無理ではないだろうか。
 
それよりもアメリカのIT業界で、インド人が大勢働いており、彼らが米国のIT産業をインドに輸入したことが、決め手になったのではないか。
 
ここで若者の意識は決定的に変わった。インドにいてもITエンジニアになれば、所得や社会的地位は、他の業界を大きく上回る。

「『数学と英語を勉強して一流大学へ進学してITを学ぶことが、豊かになる第一の道だ』とばかり、中産階級の若い世代の間の勉強意欲が高まった」のである。
 
IT産業の興隆は、米国との関係強化にもつながった。今やインドの人材なしには、米国のIT産業は成り立たなくなっている。グーグルやマイクロソフトのトップも、インド系である。
 
IT産業に続いて、医薬品、バイオ産業、自動車業界などが活気があるが、いずれも一言でいえば、世界的に見て人件費が安く大量生産が効く、というところに尽きている。

また次の章ではこうも述べる。「地場のIT大手は基本的に欧米の下請業務に特化しているし、医薬品メーカーも後発薬の開発が主体であるため、新薬開発には積極的でない。」

やっぱりまだインド国内では、多方面でエリートが活躍するには、時間がかかりそうだ。
 
インドでもっとも強いのは、ダイヤモンド加工業である。私は全然知らなかったが、日本で流通するダイヤモンドの大半は、インドで加工されたものだという。「東京の御徒町では、多くのインド人宝石商が店舗を構えている。」
 
カット・研磨したダイヤモンドの輸出先は、1位・米国、2位・日本で、輸出の半分を占める。そして3位は国内消費向け、つまりインド国内である。

「中低品質のダイヤモンド加工においてインドの競合国は見当たらず、今後も成長が続くと予想されている。」中低品質というところがミソですなあ。

ダイヤモンドを愛でる人には、まったく付き合いがないので、ただただ「へえー」と恐れ入って聞くしかない。
 
次の「第4章 人口大国」では、「世界で活躍する印僑」が興味をひく。

「印僑〔いんきょう〕」という言葉の定義は曖昧だが、通常は19世紀以降、インドからの海外移民を指すことが多い。
 
1947年のインド独立以降も、移民は増えている。初めに言ったが、中東諸国などへ単純労働者として行く場合と、米国に知的労働者として渡る場合とに、大きく分かれている。
 
世界中に広がる「印僑」の成功者は、米国が圧倒的に多い。彼らは一様にインドの大学を出た後、米国に渡ってキャリアを築いている。
 
人に焦点を当てれば、米国のカマラ・ハリス副大統領は、インド人の内分泌学者を母親に持つ。また英国のリシ・スナク首相は、インド系の両親を持ち、本人はオックスフォード大学、スタンフォード大学から、ゴールドマン・サックスなどを経て政界入りし、42歳で首相に上り詰めた。お隣のアイルランド首相、パラッカーもインド系である。
 
日本には約4万人のインド人が住んでいるが、「印僑」の存在感は、欧米に比べればずっと小さい。

「とはいえ、最近では特に首都圏を中心にインド人のIT技術者の姿が目立ってきている。ソフトバンクやSBI新生銀行の幹部にはインド系が多く、メルカリや楽天もインドの優秀な人材を採用して登用に務めている。」
 
知らなかったなあ。日本も少しずつ開けているのだ。