A級順位戦の最終日に――『挑戦―常識のブレーキをはずせ―』(山中伸弥・藤井聡太)(2)

誰でも同じだと思うが、私がAIと関連させていちばん気になるのは、どちらかに形勢が傾いたときである。指し手の意味は、解説を聞かなければ、まったく意味不明だが、形勢が傾いたときは、画面にグラフと数字で出る。

藤井聡太も、ここではAIと関連させてはいないが、いつ形勢が傾いたかを重視すると言っている。

「藤井 負けた将棋でいちばん気になるのは、いつ形勢が傾いたか、初めて形勢が傾いたポイントのところです。〔中略〕初めて形勢が動いたところはどこか。そこは振り返る時にいちばん重視するところです。」
 
単純にAIを参照してはいないにせよ、この辺りは素人の私と同じである。
 
さらに形勢が動くところとして、もう一歩踏み込む。

「藤井 自分が負けてしまった将棋を振り返ると、自分が対局でミスをするのは、中盤で駒がぶつかる辺りと、あと中盤から終盤にさしかかる入り口の局面で相手に後れを取ってしまうような展開が多かったと思っています。」
 
だからその辺りを改善することが、課題であるという。なるほど非常に明晰で、分かりやすい。
 
しかし考えてみれば、「中盤で駒がぶつかる辺り」と、「中盤から終盤にさしかかる入り口の局面」が問題だというのは、棋士の10人ちゅう10人が、言うことではないだろうか。だからこれは、藤井5冠王の秘密でも何でもない、と私は思う。
 
対局する相手については、一局ごとに相手に応じて、特定の戦型を掘り下げることは、やっていないという。

「藤井 自分は具体的な目標はあまり立てないほうで、というか、今まで立ててなかったんですけど。単純に強くなりたい、最善に近づく、というのが理想です。」
 
そういうことだ。またこうも言っている。

「藤井 まずは自分との戦いというか、自分の実力をどれだけ上げることができるかということです。もっと実力を上げて、その先に結果がついてくるかなと思っています。」
 
だから「初手お茶」の次は、「飛車先の歩」と決まっているのだ。
 
山中伸弥も、将棋とは関係なく、医療に対して本音を語っている。

「山中 医療がビジネスになって、人を助けるためだった医学がいつの間にかお金儲けの対象になってしまって、その弊害が見過ごせないほどになっています。せっかく新しい治療法ができても、一人当たり治療費に何千万円もかかったりして、お金持ちの人は治せるけど、お金のない人は治せない、ということになっています。しかも『資本主義だから当然だ』みたいなことになりつつあるんですよ。」
 
医者は、みんなの病気を治そうとしているのに、治療法ができてみたら、金持ちしか利用できないなんてふざけている、と山中は言う。
 
IPS細胞による治療は、国民健康保険の適応が受けられますよう、祈っております。
 
この本の中心は、「第5章 AIが常識というブレーキをはずす」という、「AIと将棋」論である。とはいえ大体のところは、ほかの媒体でも喋っている。そうではないところを、何か所か取り上げてみる。

「今のAIは強化学習によって、人間とは違う価値観、感覚が進歩してきたように感じます。それまで人間が気づかなかった手や判断を示されることもあるので、今までの価値観が刷新されてきて、むしろ自由度が上がったという感じがします。」
 
これはハッとする見方だ。ふつうはコンピュータによって模範回答が示されるから、そこに至る考え方を習得すべく、人間の方は自由度が下がるのではないか。しかし藤井は、まったく逆のことを言っているのだ。
 
次は、AIにも個性があるという話。

「藤井 AIによっても、けっこう棋風というか特徴にはそれぞれ違いがあります。同じぐらいの強さでも指し方が違うというケースはけっこう多いです。自分が使っていても、とくに序盤の評価値に極端な違いが出ることがあります。特徴がはっきりあるな、という印象です。」
 
これは面白い話だ。その違いが何に由来するのか。私が考えてもしょうがないのだが、しかし考えは尽きない、
 
そして最後に結論が来る。

「藤井 将棋というゲームの結論は、先手勝ちか、後手勝ちか、引き分けの三種類なんですが、その結論を知っている『将棋の神様』から見たら、あらゆる局面がその三つのどれかに分類されることになります。今のAIは局面も評価値という『勝ちやすさ』でとらえているので、神様のレベルには全然達していない状態だということだと思います。」
 
素人つまり私は、勝負には時間の要素が入ってくるので、それは無理だと考えるが、それは素人考えというもので、実際はどうなっているのか分からない。
 
最初に戻って、これは対談本として成り立っているか、と問われれば、やはり微妙というしかない。ただ、20歳前の人間が、40歳年上の、ノーベル賞をもらった人間と、対談するということを、どういうふうに考えるか。
 
そこを考えると、藤井聡太の底知れない不思議さが、際立ってくる。
 
A級順位戦の最終日は、藤井と広瀬がともに勝ち、3月8日にプレイオフで決着をつけることになった。

(『挑戦―常識のブレーキをはずせ―』山中伸弥・藤井聡太
 講談社、2021年12月6日初刷、23日第2刷)