フェミニズム小説なんかじゃない――『別の人』(2)

キム・ジナは会社にいるとき、孤独だった。男のデートDVを訴えようにも、周りに信頼できる女性はいなかった。それどころではない。

「何度か広報での実績を評価されてからは完全にひとりぼっちになった。同僚である前にまずライバルだということがはっきりしてしまったのだ。そんな相手に事情を打ち明け、助けを求めるなんて想像もできなかった。誰も私の味方にはなってくれそうになかった。」
 
韓国では、どうやらこれが一般的なことらしい。女性同士は、同僚である前に、ライバルという関係が。
 
ジナは大学2年のとき、アンジン大学を辞め、ソウルの大学に編入した。アンジン大学で、男前のヒョンギュ先輩を追いかけ回してる、という噂が立って、いられなくなったのだ。
 
その先輩はヤン・スジンと付き合っており、2人は大学を出ると結婚してしまう。これがキム・ジナにとっては傷になり、書き込みの主を、スジンと特定する決め手となる(しかし実は違う)。
 
ジナは大学の頃を思い出す。「アンジン大学ユーラシア文化コンテンツ学科」の頃だ。

「当時アンジンは近代文化遺産の観光地として注目されており、文化コンテンツを創造し発展させることを目標に作られた新設学科だった。」

ジナの覚えているだけでも、「近代文化の遺跡と観光事業としての価値」以下、怪しい授業が並んでいた。

『ジェーン・エア』を原書で読む授業もあった。「世界を束ねる文化コンテンツを創造するため」という、意味不明の触れ込みだったが、英文科を出た講師が、単にその講義しかできないからだった。それがイ・ガンヒョンという、大学内の出世に執りつかれた女だった。

「他の授業ではコンテンツの創造だとかいって小説や詩を書かされた。まったく正体不明の学科だった。」
 
ジナたちの大学生活はろくなものではない。
 
韓国では大学進学率が90パーセント以上ある。とすれば、その講義の大半は、推して知るべし(ちなみに日本は50パーセント)。ここには作者の、強烈な大学批判が込められている。
 
32歳のジナは、会社を辞めて3か月間、ツイッターやフェイスブックなど、あらゆるSNSやポータルサイトを徘徊し、自分に関する記事を探し回った。

「知りたかった。いったい自分がどんな人にされているか。どんなふうに見られているか。本当に私はどうしようもない人間なのか。だから愛する人に暴力を振るわれ、殺してやるという言葉を吐かれ、まだ仲がいいほうだと思っていた同僚に裏切られるのか。私はどんな人間なのか。どうしてこんなことになったのか。」
 
ジナはひたすら、自分自身がどう見られているのかを、知ろうとする。しかし、外から見られる自分を探していても、それは永久に分からない。

ジナたちが大学生の頃、非常勤講師のイ・ガンヒョンは嘲笑の的だった。『ジェーン・エア』の原書購読一本やりの授業だった。胃が悪いせいで口臭があり、ヤン・スジンがそれを、からかいのタネにしていた。

「講師の器ではないのに指導教授に取り入って、ずっと必修授業を割り当ててもらっているという噂もあった。何を考えているのかさっぱりわからない上に、ときどき私たちのことを蔑むような目で見ていた。
〔中略〕いい年なのに実力はなく、どう世渡りするかしか頭にない女。その彼女がいまやユ文科の準教授だ。」

「ユ文科」は「アンジン大学ユーラシア文化コンテンツ学科」の略。「正体不明の学科」は、教える方も正体不明だった。
 
これがジナの、自分も含めた大学時代の見立てだった。