奇跡の国――『謎の独立国家ソマリランド―そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア―』(6)

高野秀行は最後に、ソマリランドの奇蹟として、次の3点を挙げる。

・二度の内戦では、みんなが納得するかたちで、どのように賠償金が支払われたのか。

・氏族の武装解除はなぜ成功したのか。

・複数政党制の民主主義に、どうやって移行することができたのか。

これらが解明できないことには、本は書けないではないか。そこでワイヤップを通して、長老の中でも歴史にいちばん詳しい人に、教えを乞う。
 
まず、みんなが納得するように、内戦の賠償金をどんなふうに分けたのか。
 
これは賠償金を支払うのは、無理だということである。考えてみれば何千人も殺されているんだから、それを賠償すると言っても無理なわけだ。
 
その代わり、氏族のうちから娘20人ずつを交換する、具体的には嫁がせる、という方策を取る。
 
その話は、ホーン・ケーブルTVのアフメド記者にも聞いたことがある、と高野はいう。

「憎しみがこれ以上強くなるのを防ぐため、加害者側の一族から美しい娘を選び、被害者の家に嫁がせるんだ。嫁いだ娘は最初はものすごく辛い思いをする。めちゃくちゃいじめられるからね。そりゃそうだろう。自分たちの家族を殺した奴の身内なんだから。でも、子供が生まれると変わる。両方にとって孫になるからね。」
 
長老はそこで、ソマリ語の格言を教えてくれた。

「殺人の血潮は分娩の羊水で洗い流す」
 
よくできた話だが、そして和平の核心には、こういう話があってもいいが、具体的な停戦、それも恒久的な停戦ということになると、やはりそこに至る筋道が、もひとつはっきりしない。
 
あとの2点、武装解除と複数政党についても同じことだ。

長老先生は言う。

「『氏族に政治はできない』と先生は強調する。『氏族はヘール(掟)でしか物事を判断できない。そしてヘールは目に見えるものにしか効かない』〔中略〕
 早い話が、遊牧民ソマリの伝統生活を超えた部分は『目に見えないこと』であり、氏族ではなく政治に任せるしかないという、ひじょうに現実的な判断なのである。」
 
ソマリランドの民主制は大変面白い。議会は2つあって、1つは貴族院みたいなもので、世襲的な族長からしか選ばれない。もう1つは政党による議会で、こちらは誰でも参加可能だ。
 
その政党の数は、3つに限定されている。議員を選ぶ前に、いくつかある政党の中から、3つを選ぶわけである。そうでないと、氏族レベルで政党を作ってしまうから。
 
日本は弱小政党が乱立して、政権与党がどんなにめちゃくちゃをしても、内閣はひっくり返らない。まるで日本を反面教師として、政治制度を作ったようだ。

「政治は政治家に任せ、氏族はそれを監視し欠点を補う。氏族は武力を持たず、国家で唯一武力を持つ政府軍は政治に関与しない。」
 
ソマリランドのハイパー民主主義は、まことによくできている。治安がよく保たれているので車は増え、建設ラッシュで、コカ・コーラもハルゲイサの近郊に工場を作った。
 
高野秀行の願いはただ1つだ。

「ソマリランドを認めてほしい。独立国家として認めるのが難しければ、『安全な場所』として認めてほしい。実際、ソマリランドの安全度は、国土の一部でテロや戦闘が日々続き、毎年死者が数百あるいは千人以上も出ていると推定されるタイやミャンマーよりずっと高い。
 ソマリランドが安全とわかれば、技術や資金の援助が来るし、投資やビジネス、資源開発なども始まる。国連や他の援助機関のスタッフが滞在しても安全でカネもかからない。」
 
私は必ずしも、高野秀行の言っていることに、全面的に賛成するわけではない。その議論は、本格的にやれば、ここに書いたもの以上の長さになるだろう。だからそれはやらない。

それにしても、これは本当に面白い本で、思わず2度読んだ。
 
最後に氏族のことに関して、ぼんやりとした疑問がある。

氏族は武器を持てば、必ず殺し合いをするのだろうか。その本能は原初からのものであって、それを克服するのが、文明の進歩ということなのか。
 
しかし世界を見れば、アフリカだけでなく、あちこちで戦争をしている。20世紀もそうだった。21世紀になっても、相変わらずやっている。文明の進歩という太い一本の道筋は、ひょっとすると、人が心の中に持っている「幻想」ではないか。ついそういうふうに思ってしまう。

(『謎の独立国家ソマリランド―そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア―』
 高野秀行、本の雑誌社、2013年2月20日初刷、2016年1月25日第9刷)