奇跡の国――『謎の独立国家ソマリランド―そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア―』(4)

紅海は海賊が出る。現在の話とは思えないのだが、そういうことらしい。日本もアメリカなどと一緒に、石油タンカーを護衛しに、自衛隊が出動した。その際、先に相手を撃つことがあれば、日本国憲法との絡みで、どうするかという議論になった。
 
この「紅海の海賊」は、実情を知れば、ちょっと違うみたいだ。極端に言えば、これは身代金を狙ったビジネスなのだ。

「海賊国家プントランド」では、どこの一族にも一人くらい海賊がいて、氏族はその分け前をもらっている、とホーン・ケーブルTVボサソ支局の、アフメド記者は言う。

「『今、若者はみんな、海賊に憧れている』とアフメドは言う。『なにしろ海賊はいい車に乗り、いい家に住み、いい女を連れているからね。女も男をそそのかすんだ。「あんたも海賊をやったらどう? あたしにいい家と車を買ってよ」ってね』。」
 
高野は感心している。女、それは強烈なモチベーションになる、と。
 
ここから浮かび上がるのは、ソマリ人が、正義や悪事を行動の基準にはせず、ひたすら「カネ」を問題にすることだ。

「ソマリ人の基本原理は『カネ』である。ソマリ人社会には『タダ』という言葉はない。伝統に従って長老が仲介や交渉に臨むときでさえ、ちゃんと日当が支払われる。当然、海賊との交渉にだって日当なり謝礼なりが出るだろう。そして、身代金の額が大きい以上、長老に支払われる額も一般の氏族間の争いにおける日当の日ではないだろう。」
 
つまり長老が、積極的に海賊をやめさせる理由は、何もない。氏族間の争いに比べれば、身代金は大きいうえに、相手が復讐に来ることはない。いいことづくめなのだから、氏族間の抗争をやめて、海賊業務に専念してほしい、というのが一般のプントランド人の本音なのではないか、高野はそう考える。
 
ついでに言っておくと、プントランドでは政治家は「国益」ではなく、「氏族の利益」すなわち「氏益」しか考えていない。
 
3ヵ国目は「南部ソマリア」で、その角書きは「戦国」、またの名を「リアル北斗の拳」という。つまり「戦国南部ソマリア」に、安定した政権は存在しない。
 
高野はホーン・ケーブルTVの伝手をを頼って、この国に来た。そこではハムディという、いちばん若い女の子が支局長である。

「深紅に金色の花模様をあしらった長いガブラサール(頭からかぶる肩掛け)を翻したハムディは、モデルのように整った顔立ちと、射貫くような鋭い目をしていた。」
 
この人は口絵に載っている。写真は小さいが、素晴らしい美人である。
 
首都のモガディショは、もちろん雇った護衛なくしては、歩き回れない。しかし高野が想定していた、銃撃戦ですべてが廃墟になった町ではなかった。

「信じられないことに、町は栄えに栄えていた。建物はそこら中、銃弾の跡だらけで、砲弾により崩壊しているものも珍しくなかったが、道端にはオレンジやマンゴー、サモサなどの露店が出ているし、通行人の数も多く、荷物を満載したトラックや荷馬車が行き交い、活気に満ちている。
 ニスを塗ったばかりの家具が積み上げられた家具屋街、インターネットカフェ、旅行代理店、家電ショップ、レストラン、レンタル・ビデオ店……。」
 
高野は、護衛を連れてはいるが、モガディショで買い物に来た気分だった。それはこれまでに、高野がまったく見たことのない町だった。「明るく繫栄している危険な町」、という矛盾する形容詞がぴったりだった。
 
そしてここでも、通っている車はみな日本車である。

「一度など、車の両側に高々と自動小銃を掲げた民兵が二人、立ち乗りをしているバスが向こうから走ってきたのだが、バスの正面には大きくひらがなで『ようちえん』と書かれていて、そのシュールさに目眩がしそうだった。そんな幼稚園、あるか!」
 
世界は見てみなければ分からない、そういうことだ。