将棋指し今昔――『将棋指しの腹のうち』(1)

先崎学九段の食事・酒をめぐるエッセイ。ただしその店は、将棋指しが出入りする店だ。
 
全部で7章立てになっているが、第1章とはせずに、「第一局【みろく庵】」というふうに、読者の心を微妙にくすぐる。
 
しかし最初に言っておくと、この本は編集がずさんだ。「第四局【チャコあやみや】」は、ステーキ屋で「チャコあめみや」が正しい(そう店のホームページに書いてある)。本文中では1か所、「あめみや」になっているが、目次、章扉を含め、他はすべて「あやみや」である。

本文中がこれでは、ずさんな編集者以上に、先崎が本文を丹念に読んだかどうか。具合でも悪いんじゃないかと心配になる。誤植のみならず、助詞その他でもう少し気をつかえばいいものを、ゲラの手入れ、いわゆるカンナの掛けかたが荒いのだ。
 
この前の先崎の本は、同じ文藝春秋から出た『うつ病九段』で、これは大宅壮一ノンフィクション賞の候補になり、すぐに文庫も出たので、よく売れただろうと思う。その先チャンの本にしては、扱いが雑なんじゃないか。
 
と文句を言っておいて、しかし中身を読むと、これがなかなか読み応えがある。
 
まず「第一局【みろく庵】」のさわりから。
 
少し前、先崎はうつ病を発症して入院しており、藤井聡太が巻き起こした旋風を、実感をもって感じることができなかった。
 
あるとき中村太地と話をしていて、「みろく庵」が「セイチ」になっている、という話を聞いた。そうか、「みろく庵」も立ち退きで、「整地」にされたのか、千駄ヶ谷も変わっていくなあ、と先崎は感慨にふけっていた。

が、「セイチ」違いで、「聖地」だったのだ。

「太地くんは得意気に続けた。
『藤井くんが豚キムチうどんを頼んだらですね、お店にお客が殺到してみんな豚キムチうどんを食べて、すぐに売り切れになったんですよ』
『??? なんすか、それ、本当かよ?』
『本当です。出前の電話がかかってくるところや、出前持ちが店を出るところがワイドショーで流れまくっているんです』
 私は頭がくらくらした。あのみろく庵がワイドショーだあ?」
 
しかし現代の話は「みろく庵」のさわりだけで、あとは将棋界が昭和の頃、大山名人を頂点としてしのぎを削った、いわば「暗闘(?)の時代」というか、「にこごりの時代」というか、そんなころの話である。
 
ま、棋士の失敗談といえば、そのくらい昔にならないと、障りがあって書きにくかろう。しかしずいぶん昔でも、先崎の筆は、昭和の情景を目の前に繰り広げて圧巻である。