悪夢ではあるが――『一下級将校の見た帝国陸軍』(6)

もうやめるけど、最後に総括として、これだけは書いておきたい。
 
山本七平は本書終盤に至って、日本軍に対する怒りが爆発し、抑えることができなくなった。

「狂ったように暴力を振るい、『将校を撲り倒すのが唯一の趣味』といわれた師団司令部のK少佐参謀や〔中略〕『敵地へ女をつれこんだ参謀』だけではない。収容所の中には、この種の上級者への怨嗟が文字通りうずまいていた。
 ああいう種類の人たちは結局『軍人』を演じただけで、内実は「から」だったのだ。軍人としての能力は皆無だったのだ。」
 
そりゃあ爆発したくもなろう。山本たち下級将校には、最初から最後まで、いいことは何もなかった。命を落とすか、捕虜になるか。ただただ貧乏くじを引き続けた。

「今にして思えばこれを敷衍したものが日本軍だった。こういう人の気違いじみた暴力と暴言の背後にあるものは、一言でいえば『無敵皇軍』という自画自賛的虚構を、『虚構』だと指摘されまいとする、強弁であり、暴言であり、暴行であり、犠牲の強要である。そして陸軍全体がそうであった。」
 
山本はその陸軍を、別の角度から見直してみる。

「一言でいえば、人間の秩序とは言葉の秩序、言葉による秩序である。陸海を問わず全日本軍の最も大きな特徴、そして人が余り指摘していない特徴は、『言葉を奪った』ことである。日本軍が同胞におかした罪悪のうちの最も大きなものはこれであり、これがあらゆる諸悪の根源であったと私は思う。」
 
さすがは山本七平、聖書の人である。「はじめに言葉ありき」、ところが日本軍は正反対で、「はじめに言葉なし」。以下は抜粋である。

「人から言葉を奪えば、残るものは、動物的攻撃性に基づく暴力的秩序、そうなれば精神とは棍棒にすぎず、その実体は『精神棒』という言葉によく表れている。言葉らしく聞こえるものも、実体は動物の『唸り声』『吠え声』に等しい威嚇だけである。
 他人の言葉を奪えば自らの言葉を失う。従って出てくるのは、八紘一宇とか大東亜共栄圏とかいった、『吠え声』に等しい意味不明のスローガンだけである。こういうスローガンはヤクザが使う『仁義』という言葉と同じである。」

「八紘一宇」「大東亜共栄圏」は、ヤクザの「仁義」と同じものだという。ここまで来ると、もうどうしようもない。山本七平自身が、こういっては悪いが、論を立てることができない。
 
最後に、自分の身近なところまで引っ張ってくる。

「戦局が悪化し、師団長クラスがノイローゼになると、たいていは、大言壮語して一方的に言いまくり、罵詈讒謗をあびせて暴力を振るい、何やら〝超能力的〟雰囲気を振りまく詐欺的人物に依存してしまう。〔中略〕これは軍人だけでなく、会社が倒産するときも同じ。また出版社は倒産しそうになると、必ずこういうタイプの著者に言いまくられてその人の原稿を掲載したり、本にしたりするから面白い。」
 
これは正直、あまり関係はないと思うのだが、山本のような、経験を積んだ人から見ると、よく似ているのだろうか。
 
全体を読み終わって考えるのは、これは負けた方の言い分で、勝った方なら正反対の言葉が出るんだろうか、ということである。
 
もっとも山本によれば、日本軍のような、世界で最も低劣な軍隊が勝つことは、絶対にありえない、ということになるけれど。
 
しかし、たぶん軍隊はどこでも、同じようなものだと思う。結果が負けたから、しかもひどい負け方だったから、徹底的に反省する以外に、どうしようもない。
 
たとえばアメリカは、負けたことがないから、あいかわらず世界のどこかで、戦争をしている。本当に「アメリカ軍の真実」を書けば、つまり『一下級将校の見たアメリカ陸軍』を書けば、わずかな程度の差こそあれ、同じことになりそうな気がする。

(『一下級将校の見た帝国陸軍』山本七平、
 文春文庫、1987年8月10日初刷、2014年8月30日第21刷)