悪夢ではあるが――『一下級将校の見た帝国陸軍』(5)

私はこの本のうち、敵との戦いや、戦術に関するところなどは、このブログには書かないできた。もう一度、その経験が役に立つことは、あり得ないだろうと思ったからである。というより、そう願ったからである。
 
しかし次の小部隊の実際は、書き付けずにはおられない。

「どの小部隊も、さまざまな悩みをかかえていた。まず病人である。マラリア、アメーバ赤痢、慢性の下痢、熱帯潰瘍、極端な栄養失調、脚気、これらはすべての人間がかかっているから病気のうちに入らない。動けるか動けないかだけが、健康・病気の違いである。」
 
77年以前には、こういうことが起こっていたのである。
 
山本七平はこの後、捕虜になる。日米の戦いが終わると、ジャングルに隠れていた住民が出てくる。

「武装解除の場へと向うわれわれに、ジャングルの退避部落から出てきた住民たちは、顔をゆがめて吐き捨てるように言った、『ギリン』(気違いメ)と。だが、われわれも米軍も、この人たちを、未開乃至は野蛮と見なし、無視していた。」
 
殺し合う日米双方が、平和な現地人を、「未開乃至は野蛮」と見なしていたのである。誰が野蛮なんだか。
 
山本七平は捕虜になったが、捕虜にならずに自殺した例も多い。その中には強要された自殺、つまり実際には他殺に等しい場合がある。

「戦場にもさまざまな自殺はあった――もっとも自決と呼ばれていたが。その中には明らかに強要された自殺、言い変えれば強要した人間の他殺、自殺に仮託した純然たる殺人もあった。〔中略〕そして彼らを殺した殺人者『気魄演技』の優等生たちは、何の責任も問われず戦後にも生き、その『演技』によって民衆の喝采をはくしつづけた。」
 
軍隊にあっても、中間管理職はつらいよということだ。でもちょっとひどくはないか。

「『自決という名の明確な他殺』で、糾弾されざる殺人者の名が明らかな例も、決して少なくない。」
 
しかし「自決」であれば、表面上は自殺で完結している。
 
山本は捕虜として1年4か月をおくり、その間に見聞きしたことを書きとめた。

そういう中に最上級の司令官たちの、ご隠居とまごう楽し気な会話があった。彼らは思い出話に花を咲かせたが、それは必ず日本の内地の話に限られた。外地での戦闘行為が、誰かの責任追及になりそうな場合は、無意識のうちにその話題は避けられたようだ。

「この会話を録音して、それがどこの場所でだれが行なった会話かをつげずに人びとに聞かせたら、それらが、陸海空、在留邦人合わせて四十八万余が殺され、ジャングルを腐乱屍体でうめ、上官殺害から友軍同士の糧秣〔りょうまつ〕の奪い合い、殺し合い、果ては人肉食まで惹起した酸鼻の極ともいうべき比島戦の直後に、その指揮官たちによって行われた会話だとは、だれも絶対に信じまい。」
 
そしてこれは、どこでもあったことらしい。

「レイテの最後にも、内地のA級戦犯にも、これとよく似た和気藹々の例がある。その状態は一言で言えば、部下を全滅させ、また日本を破滅させたことより、今、目の前にいる同僚の感情をきずつけず、いまの『和を貴ぶこと』を絶対視するといった態度、というよりむしろ、それ以外には何もかもなくなった感じであった。」
 
これは日本の軍人に限ったことだろうか。人間が自分の能力を超えた瞬間、たいていはこうなるものではないか。見て見ぬふり、ではなくて、目の前にあるのに、あまりに責任が大きすぎ、重すぎて、目に入ってこないのである。

戦争は、どちらかがこうなる。あるいはどちらもこうなる。そういうことではないか。