悪夢ではあるが――『一下級将校の見た帝国陸軍』(2)

山本七平にとっては、入隊後の訓練そのもののすべてが腹立たしい。すべてが何の役にも立たないことだらけだった。これは一体どういうことか。

「それまで何となく感じていた疑惑が、私の中で、しだいに、一つの確信へと固まっていった。それは『日本の陸軍にはアメリカと戦うつもりが全くなかった』という実に奇妙な事実である。」
 
これは山本の痛烈極まる批判であり、皮肉である。アメリカの正体について、全く見当がついていない、どんな見取り図も、一枚もなかったのである。
 
このとき日本にあったのは、なんと日露戦争の体験のみである。訓練の実例として用いられるのは、すべてのモンハンにおける体験だった。それしかなかったのだ。
 
だから演習で想定される戦場は、常に満州とシベリアであり、山本たちが向かう南方のジャングルではなかった。
 
そこで山本七平は考える、なぜこんなことがおこるのか、と。

「私には連隊のすべてが、戦争に対処するよりも、『組織自体の日常的必然』といったもので無目的に〝自転〟しているように見えた。」
 
これは軍隊のことだけではない。「組織自体の日常的必然」は、昔も今も、官僚的世界ではごく普通に見聞きするものだ。その場合に、集団の直接の目的が何であるかは、しばしば忘れられている。
 
著者は昭和19年5月、門司港でフィリピン行きの輸送船に乗る。

この輸送船が地獄船だった。天井が低くて立つことができず、ラッシュアワーの電車以上のひどさで、家畜輸送船以下なのである。

「三千人をつめこめば、三千人用の便所がいる。そのため舷側に木箱のような仮説便所が並び、糞尿は船腹をつたって海に流れ落ちる。だがその数も十分でないから、便所への長蛇の列が切れ目なくつづき、その結果、糞尿の流れが二十四時間つづくから、船自体が糞尿まみれで走っている。」
 
いやどうも、こういうことを言ってはいけないのだが、底が抜けて笑ってしまう。そうとしか言えない。
 
しかも季節は、門司を出てからはほとんど雨で、トイレの順番が来るまでにぐっしょり濡れる。

「濡れた衣服と垢だらけの体と便臭から発散する異様な臭気とむっとする湿気。それはますます船艙内を耐えがたくし、そのため人びとは、呼吸を求めて甲板へと出て行き、〔中略〕『組織の自転』も不可能、軍紀も何もあったものではない。」
 
そしてこういう状態でいると、将来の恐怖を感じなくなる。今の状態に耐えているのが精一杯で、それ以外は思考が停止し、どうでもよくなる。

「〔輸送船の中で〕水の配給・食事の配給・排泄まで行いつつ二週間もたてば、『もし〔アメリカの潜水艦と〕衝突したら……』という恐怖を抱く余裕のある者は、一人もいなくて不思議でない。」
 
山本七平のこの本は、ジャングルをさまよった手記として有名であるが、このままでは戦場へ出ていくまでが大変である。そしていよいよ個人の思考は崩壊していく。