新喜劇のように――『蛇にピアス』(2)

こういう調子で進んでいくから、すべてが舞台の上の出来事で、観客席にいる読者とは、少し距離がある。その距離が、何というか心地よい。
 
だからセックスの場面も、基調はドロドロではなくて、明晰さである。

「シバさんはまた私を抱き上げ寝台に座らせた。私は無意識に脚を開いていた。軽い緊張が私を包む。Sの人の相手をする時、いつもこの瞬間私は身を硬くする。何をするか、分からないからだ。浣腸だったらいい。おもちゃもいいし、スパンキングも、アナルもいい。でも、でも、出来るだけ血は見たくない。昔、膣にファイブミニの瓶を入れられ、危うくトンカチで割られそうになった事があった。」
 
この調子で、たとえば結婚の話が出てくる。

「『付き合うんだったら、結婚を前提にな』
 シバさんはそう言ってブラジャーとパンツを私に投げた。パンツを穿きながらシバさんとの結婚生活を想像してみた。きっとサバイバルな生活になるだろう。」
 
実際はどんな生活になるのか、舞台の上は何でもありで、観客には想像がつかない。「サバイバルな生活」とはいうものの、「ルイ」にだってわかるまい。

「ルイ」こと「私」は、どういう経過をたどって、世間一般と外れたのか、そこは何も説明されない。ただ、そこからズレきっていることは、はっきりしている。

「駅から家までの道、家族連れが多い商店街で、うるさい人々の声に吐き気を覚えた。ゆっくり歩く私の足に、子供がぶつかった。私の顔を見て、素知らぬ顔をするその子の母親。私を見上げて泣き出しそうな顔をする子供。舌打ちをして先を急いだ。こんな世界にいたくないと、強く思った。とことん、暗い世界で身を燃やしたい、とも思った。」

「私」だって顔にピアスをしてるから、子供がぶつかれば十分怖い。
 
あるいは少し後のこういう世界。

「私はただの一般人で構わない。ただ、とにかく陽の光の届かない、アンダーグラウンドの住人でいたい。子供の笑い声や愛のセレナーデが届かない場所はないのだろうか。」
 
そうなった動機、経緯は話さない。ただそういう、はずれ切った存在があるだけ。
 
そしてついに、「私」は、「私」そのものを改造しようとする。

「今はアマの気持ちが分かる。私も今、外見で判断される事を望んでいる。陽が差さない場所がこの世にないのなら自分自身を影にしてしまう方法はないかと、模索している。」
 
その模索の一端が、スプリットタンになることだ。

「ルイ」(=「私」)の存在は、動機や経緯をすっ飛ばして、圧倒的だ。小説というのは、こういうふうにも出現するのだ。
 
ずっとこの調子で、スプリットタンを完成するまで、読んでいたかった。
 
実際は、初めての小説で、金原ひとみはオチが必要だと思ったのだろう。あるとき「アマ」が振り切れて、誤ってヤクザを殺し、その報復にリンチで嬲り殺される。

しかし実は、どうやら「シバさん」が、「ルイ」が欲しくて、「アマ」を殺したみたいだ。最後はそれを暗示して終わる。
 
本当はそんなこと、どうでもよかった。ただスプリットタンが完成してゆき、そうすればきっと、こういうふうに思ったにちがいない。

「普通に生活していれば、恐らく一生変わらないはずの物を、自ら進んで変えるという事。それは神に背いているとも、自我を信じているともとれる。私はずっと何も持たず何も気にせず何も咎めずに生きてきた。きっと、私の未来にも、刺青にも、スプリットタンにも、意味なんてない。」
 
そういう圧倒的な存在としての「私」を書いた。次は、そういう「私」を、時間の中で生かしていく作業が始まるはずだ。

(『蛇にピアス』金原ひとみ、集英社、2004年1月10日初刷、2月7日第5刷)

新喜劇のように――『蛇にピアス』(1)

デイサービスの看護師さんから、「どんな作家が好き?」と聞かれて、川上未映子や村田沙耶香とならべて、金原ひとみの名を挙げた。
 
すると、『蛇にピアス』はエッチなところもあったけど面白かった、と言うので、僕は読んでいない、と言うと、金原ひとみが芥川賞をもらった出発点じゃないの、と馬鹿にされた。
 
で、読んでみる。
 
始まりからして実に軽快だ。

「『スプリットタンって知ってる?』
『何? それ。分かれた舌って事?』
『そうそう。蛇とかトカゲみたいな舌。人間も、ああいう舌になれるんだよ』
 男はおもむろにくわえていたタバコを手に取り、べろっと舌を出した。」
 
内容はウグッという感じだが、文章は爽やかで、すいすい読めてしまう。

「ルイ」はすぐに、「アマ」のスプリットタン魅せられて、「ピアスと刺青」の怪しい店で、「シバさん」に、徐々に舌に穴をあけてもらう。そして舌ピアス、つまり舌ピを刺す。スプリットタンへの道はまだまだ遠いのだ。
 
小説は「ルイ」の1人称で進む。

男友達の「アマ」は、次のように描かれる。

「アマと一緒に外を歩くのも、段々慣れてきた。アマは左眉に三本4Gの針型のピアスを刺し、下唇にも同じように三本同じピアスを刺している。それだけでも目立つというのにタンクトップからは龍が飛び出し、真っ赤な髪はサイドが短く刈り込まれていて、太いモヒカンみたいな形。」
 
しかしこの男、見かけと違って、かなりのへたれなのだ。

「ルイ」が、女友達の「マキ」に、パンクの極みの「アマ」を紹介するところ。

「『うそ、まじで?』
『うん、あの赤毛ザル』
『うそ、まじで? あたし怖いよ』
 明らかに引いているマキに気づいて、アマは申し訳なさそうにおずおずと私たちに近づいた。
『何か、怖くてごめんね』
 アマはマキに訳の分からない謝罪をし、マキはその言葉に大ウケし、私はマキの反応に安堵した。」
 
これって、吉本新喜劇の舞台と似てると思いませんか。奇抜極まりない恰好をした男が、怖そうに近づいてくる。そうして一声、高い声で「お邪魔します~」。で、回りはズッコケる。この呼吸とドンピシャだと思いませんか。
 
ひとつ前のブログ『狼煙を見よ』で、赤軍の「よど号」ハイジャック事件を、馬鹿馬鹿しきこと吉本新喜劇の如し、と皮肉って書いたけれど、今度は愉しいアホらしさ満載の吉本新喜劇である。

「アマはしょっちゅうガラの悪い奴らにからまれている。ガンくれただの、ぶつかっただの、いちゃもんをつけられて、でもアマはいつもヘラヘラ笑って『ごめんね』と言うだけだ。パンクはパンクでも、中身はただのへたれだ。」
 
そういえば刺青を彫る「シバさん」も、外見はかなり奇矯だ。

「笑顔が歪んでる人だと思った。シバさんの顔は瞼、眉、唇、鼻、頬にピアスが刺さっている。こんなに武装されたら、表情なんて分からない。それに、シバさんの両手の甲は一面ケロイドに覆われていた。一瞬火傷かと思ったけど、チラッと観察するとそれが全て直径一センチ程の丸である事に気づいた。根性焼きでケロイドを施したんだろう。全く、狂ってる。」

「狂ってる」とはいうものの、文章は軽快で楽しそうだ。そしてやっぱり、新喜劇の舞台のようだ。

賛成はできない――『狼煙〔のろし〕を見よ―東アジア反日武装戦線"狼"部隊―』(3)

松下竜一は、大道寺将司の手紙と、拘置所で面会した記録をもとに、対象に肉薄してこの本を書いている。では自分はどこにいるのか、どの位置にあるのか、それが必ずしも明白ではない。
 
たとえば1972年の暮れ、グループ名を「東アジア反日武装戦線"狼"」と名づけたところ。それをこんなふうに描く。

「狼という呼称には、まだ誰の手垢もつけられていないような孤高の響きが感じられる。妥協も馴れ合いも峻拒して闘う獣が狼なのだ。〔中略〕
 歳末の人混みの中を行きながら、将司は心中に『おれは孤高の狼だ』と繰り返してみた。声には出さないがその繰り返しで、熱い血が全身を駆けめぐるようだった。いよいよこれから狼部隊は本格的な武装闘争へと突入していくのだと思うと、身震いするほどの興奮に包まれていた。原野の狼なら、いま冬空に向かって遠吠えするのだろうと、将司は夢想した。」
 
こういう調子で書かれっぱなしだと、読者としては困惑せざるを得ない。
 
もちろん「歳末の人混みの中」で、原野の狼として「冬空に向かって遠吠え」をしてもかまわない。私たちが『仁義なき戦い』を見た後、映画館を出たら全員肩をそびやかして、広島弁を話すようなものだ。あるいは郷里の姫路市役所のIが、『燃えよドラゴン』を見た後、バスが目の前で扉を閉めたので、思わずアチョーと声を出し、思い切り回し蹴りをするようなものだ。
 
しかしその夢想から進んで、爆弾を作り、その調合を間違えたために命を落とす、行きずりの人が何人も出てくる、というのはたまらない。
 
著者はそこのところは、書きっぱなしではすまないであろう。私はそう思う。
 
この作品は1986年の『文藝』冬季号に掲載された。松下竜一の考えは、その時のものだ、ということを前提に読む必要がある。
 
このとき著者は、「草の根通信」を出していて、そこに「東アジア反日武装戦線」のことを載せ続けた。そして、そのことで読者であるMさんから抗議を受け、釈明せざるを得なくなっていた。1985年のことだ。

「Mさん、私は、東アジア反日武装戦線の彼等が、このうえなく誠実であったがゆえにあそこまでいってしまったのだということを断言できます。
 安全な日本にいて『ベトナム反戦』を一〇〇〇回叫んでも何の力にもならない。現実にベトナムの米軍を助ける働きをしている国内企業に爆弾を仕掛けることこそが真の連帯だという考えを、私は否定できないのです。」

著者の考えは、『豆腐屋の四季』のころとはかなり違っている。それについては、そこに至る経緯も書かれてはいるが、一番大きいのは、大道寺将司から手紙が来て、拘置所で何度か面会したことにある。

「〔爆弾事件によって〕八人の死者が出てしまったという重い事実は、彼等の上にのしかかる十字架であり、生きている限りはそのことから解放されない痛恨事ですし、獄中で彼等はそのことを繰り返し繰り返し血を吐く思いで自己批判しています。そういうことを知れば知るほどに、私は彼等を死刑にさせてはならないと思うのです。なによりも彼(大道寺将司)を私は個人的に知ってしまったのです。手紙をやりとりし、面会をして知り合ったのです。その彼が死刑になるなどと考えると、たまらない思いです。」
 
最後の部分に、いちばん深い思いが表われている。「爆弾魔」で片づけるのはやめてくれ、と言う思いである。生身で生きて、反省している姿を見ればこうなる。
 
私はこういうとき、オウム真理教事件を思い出す。オウム事件で死刑になった人たちは、どんな気持ちでいただろうか。洗脳が解けてみれば、今度は必ず生き直したい、とは思わなかったろうか。死刑があるのなら、麻原彰晃だけ死刑にして、他の者は無期懲役にはできなかったろうか(そういうことを考えるのは、もちろん身内に犠牲者がいなかったからだが)。
 
このあと、大道寺将司らの獄中闘争なども描かれるが、感想を記すのはもう止めておく。
 
1980年代に、松下竜一が書いたこの本は、2022年の今、結論を言ってしまえば、じつに虚しい。こういうことは虚しい、ということを知るために、こういう本があるとさえ思える。
 
この本は何度か版を変えて、私の持っているのは2017年の初版だが、奇妙なことに奥付と装丁が不一致である。奥付には『狼煙を見よ―東アジア反日武装戦線"狼"部隊―』とあり、ジャケットには『狼煙を見よ』とあるだけだ。河出書房新社としても、サブタイトルまで付けては、あまりに時代遅れと思ったのではないか。しかし、これは姑息だし、やってはいけないことだ。

(『狼煙〔のろし〕を見よ―東アジア反日武装戦線"狼"部隊―』
 松下竜一、河出書房新社、2017年8月30日初刷)

賛成はできない――『狼煙〔のろし〕を見よ―東アジア反日武装戦線"狼"部隊―』(2)

松下竜一の『豆腐屋の四季』を読んで、大道寺将司はこう書いてきた。少し前から引く。

「〝人民〟という概念があります。まだぼくがガチガチにイキがっていた頃、ぼくはこの〝人民〟や〝大衆〟という表現を全く無頓着に使ってきました。〔中略〕
 ところで〝人民〟や〝大衆〟といってしまう時、個々の生活者の特殊性などは見えなくなってしまいます。運動の力学ということでいえば、選挙のようなものから武装闘争までマスとしての〝大衆〟なり〝人民〟なりが問題となるということはわかるんです。ただその時、その〝大衆〟なり〝人民〟の一人ひとりの生活、特殊性に思いを馳せなければ、それは全く人間性を欠いたものになる訳です。」
 
何をいまさら、としか言いようがない。大学を出ても、この程度の人間がいるのだ。

「ぼくが『豆腐屋の四季』に感動し涙を流したのは、決して〝大衆〟としてくくってすますことのできない生活を見せてもらったからだと思います。ぼくが人民とか大衆とくくってしまう中に松下青年(当時の)の生活があった訳だし、三菱で死傷した人たちも含まれます。ぼくはそういったものが全然見えなかったのじゃないかと思いました。その反省と、見せてもらったよろこびがありました。」
 
爆弾を作っていた人間に、都会を仕事で忙しく往来する人々は、目に入っていなかったというのだ。
 
しかも最後に「その反省と、見せてもらったよろこびがありました」と書く。これは書いてはいけないことでしょう。そういうものを見せられたからには、舌を噛んで死にたいくらいの気持ちになるべきだ、と思いませんか。
 
こういう文章に出会うと、私は死刑には反対だが(必ず冤罪は起こる)、その気持ちがグラリと揺れ動く。冤罪の可能性のない、しかも複数の人を死なせといて通り一遍の反省しかしない人間には、どういう刑罰がいいのか、ということになる。

この本は大道寺将司を中心に、「東アジア反日武装戦線"狼"部隊」が形成され、それが逮捕され、獄中闘争をしてゆく過程を描く。
 
その初期の1970年3月31日、9人のメンバーが日航機「よど号」をハイジャックして、北朝鮮に入った。
 
ここはヘドが出るほど醜悪な場面だが、この本に書いてあることを、そのまま引いておく。

「〔大道寺〕将司はそのとき、凄いことをやったものだという興奮を覚えたが、しかし北朝鮮で何をやるのかという疑問に首をかしげたのだった。『我々の大部分は、北朝鮮に行くことによって、それ自身を根拠地化するように最大限の努力を傾注すると同時に、現地で訓練を受け、優秀な軍人になって、如何なる困難があろうとも、日本海を渡り帰日し、前段階武装蜂起の戦闘に立つであろう……共産主義者同盟万歳! そして、最後に確認しよう。我々は、〝明日のジョー〟である。』
 二十七歳の田宮高麿が残したという『出発宣言』も、将司には非現実的に思えた。」

今となっては同時代に生きていない人には、田宮高麿が言っていることや、その「出発宣言」は意味不明だろう。最後の一文は、ほとんど吉本新喜劇のようである。
 
大道寺将司は疑問だった、――お前が言うか、と言わざるを得ない。
 
明けて1971年は、まさに爆弾の年だった。「十一都道府県で五十一件の爆弾事件が発生し、三十二件三十六個の爆弾が爆発し、四十二人の死傷者が出ている。」
 
大道寺将司を中心とするグループは、まだ息をひそめている。
 
それにしても不思議だ。この時代、なぜいくつも爆弾を破裂させたのか。

日本は東アジア諸国を経済侵略している、侵略される側の「人民」と連帯して、日本の内側から支配階級を打倒していこう、という考え方を仮に取ったとして、それで爆弾はないだろう。ただのアホとしか言いようがない。
 
ついでに言えば、東アジアの「侵略される側の『人民』」にとって、「爆弾」は見当はずれで迷惑な話である。

賛成はできない――『狼煙〔のろし〕を見よ―東アジア反日武装戦線"狼"部隊―』(1)

佐野広実の『わたしが消える』を読んだとき、参考文献に松下竜一の『狼煙を見よ―東アジア反日武装戦線"狼"部隊―』が挙がっていた。
 
松下竜一は懐かしい名前だ。私が大学を出て初めて筑摩書房に就職したとき、いろんな人がこの名を称揚するのを聞いた。でもなぜか一冊も読まなかった。
 
40余年ぶりに巡り会うのだから読んでもいいな、という気持ちだった。

「解説」を斎藤貴男が書いている。私はこの人を知っていて、懐かしい。ちょっと教条的な書き方をする人だが、『「東京電力」研究 排除の系譜』は、東京電力と原発の歴史の絡みを描いて、極めつけの名著だった。
 
斎藤の「解説」の最後にこうある。

「大道寺将司死刑囚は二〇一七年五月二十四日午前十一時三十九分、多発性骨髄腫のため東京拘置所で死亡した。法務省が同日に発表した、第五次再審請求中だった。
 人々の話し合いや内面をも取り締まる『共謀罪』の趣旨を含む改正組織的犯罪処罰法が可決・成立したのは、それから二十日後の六月十五日のことである。松下さんが恐れていた未来が、いよいよ現実のものになっていく。それでも魂を湛えた人間で私はありたい。だから抗う。松下さんのような物書きになりたい。」
 
最後の「松下さんのような物書きになりたい」と言うのがいい。気持ちがますます高じる。
 
内容の説明に、オビ裏の一部分を挙げておく。

「一九七四年、三菱重工をはじめとした連続企業爆破事件が発生し、翌七十五年公安警察によって容疑者のうち九名が逮捕される。
東アジア反日武装戦線を名乗る彼らは、なぜ過激な闘争に身を投じたのか……事件を巡る公安警察との駆け引きや逮捕前後の動き、そして収監後の内省の日々に寄り添うことで浮かび上がる彼らの素顔――〔中略〕
テロリストとして一面的に報道された大道寺将司と彼らのグループの真実に迫る傑作ノンフィクション。」
 
では読んでいこう。
 
松下竜一が、東京拘置所に在監中の大道寺将司から、初めて手紙を受け取ったのは、1984年7月下旬のことだ。
 
そこには著者の第1作、『豆腐屋の四季』のことが書かれており、これに深く感動し、また考えさせられたと書いてあった。
 
著者はたじろぎつつも、大道寺将司と正面から向き合うことを覚悟する。
 
ちなみに岩波版『近代日本総合年表 第二版』では、大道寺の事件は次のように出ていた。

「東アジア反日武装戦線、東京丸の内三菱重工業本社前に時限爆弾を装置、大爆発。通行人八人死亡、三八五人重軽傷」。
 
問題は「八人死亡、三八五人重軽傷」だ。

著者はこの本の初めに『豆腐屋の四季』を引き、自身の人生信条をこう記す。

「軽蔑されても唾を吐きかけられても、私はひっそりと生活したい。たとえ主義達成のためとはいえ、私は人に石を投げ角材をふるうことはできない。自らは傷ついても、人に一滴の血もこぼさせることはできない。これは弱虫な私の絶対に曲げえぬ信条である。私の反戦思想の根である。」
 
著者がこれだけを記すにも、勇気が言っただろう。時あたかも、全共闘運動全盛の時代である。
 
それから10数年たって、しかし大道寺はこんなことを書いてきた。

「ホラー」は怖くない?――『ペット・セマタリー』(上・下)

養老先生の『脳が読む』を朗読しているとき、「そういうわけで、私はとうとう『キング読み』になってしまった」という一文があって、そういえば私はキングを読んでいないことに気がつき、試しに『キャリー』を読んだ、というところまではブログに書いた。
 
このあと何を読めばいいかを、編集者のO氏に尋ねることにする。O氏は『ヒトの見方』以降、養老さんの本を作ってきた人である。

「スティーヴン・キングはどれも長いから、『キャリー』を読んだなら、『ペット・セマタリー』(上・下)と『ファイアスターター』(上・下)がいいんじゃないか」、というO氏の読書指南で、『ペット・セマタリー』(上・下)を読む。
 
オビに強烈な文句が書いてある。

「あまりの恐ろしさに/発表を見あわせた/と言われる/話題作/遂に登場」
 
読む前からゾクゾクする。
 
で、読んでみる。
 
あんまり怖くない。というより全然、怖くない。
 
主人公の医師と、若く美しい妻、そして幼い長女と、赤ん坊の長男、日々の細々したことを、丹念な筆で描いてゆく。恐怖を暗示するところもあるけど、おおむね医師一家の幸せな生活が、生き生きと描かれる。
 
家の前の道路はトラックが走り、いつかは事故が起こりそうだ、という予感とともに読み進めることになる。
 
初めに、長女の可愛がっていた猫が轢かれる。これがペット霊園に埋葬されて、そのうちに、どうやら生き返る。しかし可愛がっていた猫とは違うようだ。腐臭が漂い、目つきが違う。
 
そのうちに、ようやく歩けるようになった長男が、トラックに轢かれて死ぬ。医師は考える。ペットの猫が生き返ったのだから、長男も生き返りはすまいか、と。ここらあたりは緊密な文章で、鬼気迫る。
 
しかし生き返った赤ん坊は、長男とは似ても似つかない、死臭漂う悪鬼だった。妻はその手にかかって死ぬ。医師は決心して、もう一度、長男を殺す。

最後の場面。

「足音はすぐ後ろで立ち止まった。
 沈黙。
 ひとつの冷たい手がルイス〔主人公〕の肩に置かれた。レーチェル〔妻〕の声には、泥がぎっしり詰まって、きしんでいた。
『あなた』と、その声は言った。」
 
医師は妻を、その墓地に埋葬したのだ。
 
粗筋を書けば、怖そうに思えるかもしれないが、キングの筆は実になめらかで、医師一家の日常があまりに生き生きとしているので、それが異常なる世界へそのまま移行するのに、何の違和感もないのだ。
 
だからこれは、いわゆる「ホラー」ではないのではないか、と私には思える。あるいは「モダン・ホラー」とは、このようなものであるのか。
 
そういえば『キャリー』もそうだった。徹底的に迫害を受けた少女が、その超能力を力の限り使うことによって、街を破壊し尽くす。読んでいるものの気持ちとしては、それはよくわかる話で、「キャリー」にすっかり同情してしまうのだ。
 
2作目までを読んで、俄然興味がわいてきた。安っぽい、ゾッとする「怖い話」とは違い、日常の地続きにあるキングの「ホラー」は、初めての体験ではないか。

「怖い」のとは違うけれど、では何か、という意味でもう少し読んでみたい。

(『ペット・セマタリー』(上・下)スティーヴン・キング、深町眞理子・訳
 文春文庫、上・1989年9月1日初刷、下・1989年9月1日初刷、2019年12月5日第11刷)

高橋順子の謎の1行――『夫・車谷長吉』(2)

次は、2人して恐山に行った話。高橋順子は「これが私どもの『婚前旅行』だ」と言う。

岩手県の安比高原から、津軽半島の小泊、龍飛岬を回って、下北半島の恐山に到達した。
 
少し前から書く。

「恐山の門というのか、入口のところで私が『レッツゴー』と言うと、『えっ』と言って百年の恋も冷めるような顔で私を見るのだった。
 台風が襲来した。長吉は『おれたちは結婚することになるのだろうか』と言う。私は『この旅で自然に決まってくると思う』とこたえた。」
 
これは10回を超えるときまで、そのまま何の気なく朗読していた。「台風が襲来した」の一文である。
 
そうかあ、台風が来たのか。青森県あたりで上陸するとは、珍しい台風だな。でも恐山まで追いかけてくるとは、ついてないなあ。しかしそれにしては、天気のことはまったく書いてないな。

毎回、ちょっと変だなと思いながら、朗読していたのだ。本物の阿呆ですな。
 
ここは当然、肉の喜びを、露骨に表現したところだ。誰だって分かるところなのに、どうしようもない。
 
そういうところはいくつかあるが、なおどうしてもわからないところが一箇所ある。
 
長吉と高橋順子が、お互いをどう呼んでいたか、という話の結びの1行。

長吉は自分が几帳面だから、高橋順子を「(ぐうたらの)ぐうちゃん」と呼んだ。
 
高橋順子は長吉を、「悪たれちゃん」「悪ちゃん」と呼んだが、長吉はこれを嫌がったので、「悪たれちゃん」を略して「くうちゃん」と呼ぶようになった。

どうして「悪たれちゃん」が「くうちゃん」になるんだ。しかし長吉は、この呼び名を気に入る。
 
そこから先に、こんなことが書いてある。

「〔長吉は〕甘ったれのところがあることは自分でも認めていて、関西ではそういう人のことは『甘えた』というそうだ。『甘え太』か。私はずっと『くうちゃん』と呼んでいたが、長吉は私のぐうたらが目につかなくなってきたのか、几帳面なところもあると見直したのか、『順子ちゃん』『順子さん』と呼ぶようになった。長吉には余裕というものがなかった。」
 
ここが段落の切れ目で、次の話題はまったく関係がない。
 
すると最後の一文、「長吉には余裕というものがなかった」は、どういうふうに受け取ったらよいのか。非常に困る。
 
長吉に、余裕というものがないことについては、確かにそうだろう。というより、この一冊を通して、長吉が一瞬でも余裕のあるふりを見せたことは、一度もない。
 
しかしそれなら、なぜこんなところに、当該の一文が挟んであるのだ。おかしいではないか。
 
二つの推測が成り立つ。
 
一つは、長吉が「『順子ちゃん』『順子さん』と呼ぶようになった」結果、あだ名をつけなくなった。その気真面目さが、余裕のない長吉、という連想を呼んだのではないか。
 
これは当たってるかもしれないが、しかしやや理詰めで面白くない。
 
もう一つは、高橋順子はこの一文を、意識的にどこか一箇所に記しておきたかった。とすると、すんなり続くところでは、読者の目に留まらない可能性がある。むしろ違和感のあるところを狙ったのだ。そういう推測が成り立つ。
 
かなり難ありの読み解きだが、こちらの方が面白い。
 
朗読をしていて、いまのところいちばん引っかかるのは、この1行である。
 
本当は私が注意していないだけで、詩句が埋め込まれたところは、他にもあるかもしれない。そこは今のところ、私にはわからない。
 
けれども、これからも朗読を重ねていけば、読みが深くなって、また一段とこの本が、好きになりそうな気がする。

(『夫・車谷長吉』高橋順子、文藝春秋、2017年5月17日)

高橋順子の謎の1行――『夫・車谷長吉』(1)

朗読の話が出たついでに、高橋順子の『夫・車谷長吉』で、引っ掛かっていることを書いておく。
 
この本は朗読をしていて、30回目までは数えていたが、それ以上は面倒で数えるのをやめた。
 
とにかく読めば読むほど味が出てくる。それはもう信じられないほどだ。著者は高橋順子だが、あまりに車谷長吉が生き生きしすぎていて、どちらの本だか分からなくなる。
 
高橋順子が、そういうこともあるかもしれない、と書いている。

「自分を追い詰めてゆくと、長吉の息苦しさと息を合わせているような気になってしまうのだ。でもこの本は長吉との共著だと私は思っているので、彼に似ているところがあったら、そのほうがいいだろう。そこは長吉が私のワープロを打つ手を借りて声を発しているのかもしれないのだから。」
 
そういうわけで、私は女になったり男になったりして、読んでいる。
 
朗読の3回目くらいから、高橋順子は詩人であることに、少しずつ気が付いた(まったく遅すぎる)。例えば冒頭2ページ目の一段。2人がまだ、会わないときである。

「その小説家の人は歌仙に興味をもってくれるかしら、どんな人だろう、という程度の関心を抱きながら、神保町の交差点を渡った。確かに歌仙の座に小説家が一人いると面白いと実感したのは、それから八年ほどが経ってからであった。」
 
この「神保町の交差点を渡った」、を何の気なしに読んでいた。岩波ブックセンター(当時)から交差点を渡って北京飯店へ、というくらいのつもりだった。阿呆だった。
 
何回か読むうちに、これはいわば、ルビコン河を渡ったのだ、と気が付いた。考えてみれば、おおかた毎日渡っている通りを、ここに出してくるのは、別の意味があるのだ。このときから車谷長吉と、「因縁のある」付き合いになったのだ、という。
 
次は長吉が三島由紀夫賞を受賞して、『新潮』に受賞第一作を載せ、高橋順子に想いを告白するところ。その前に長吉は、ヨシエ・イナバの服を高橋順子に贈っている。

「冷静ではいられなかった。これで長吉と私の関係は変わらないわけにはいかなくなった。長吉としては、私への最後のメッセージのつもりだったろう。
 三島賞の授賞式に私は長吉が送ってくれたヨシエ・イナバの服を着た。二次会には行かなかった。」
 
鈍い私はここも、相手から服を贈ってきたから、それを着ていくんだな、としか思わなかった。まったく阿呆ですな。
 
ここは、私はあなたの申し出を確かに受けとめました、とはっきり分かるように、朗読しなければいけない。きっぱりと、である。それが「二次会には行かなかった」の意である。
 
もっと極端に言えば、『第三の男』の最後の場面、アリダ・ヴァリが、落ち葉の舞う墓地で、ジョゼフ・コットンが待っているのを歯牙にもかけず、並木道を通り過ぎていくシーン。三島賞授賞式の高橋順子は、そういうふうに読まないといけない。高橋順子は背の高い女だというのが、長吉の文章にあるので、妄想は膨らむばかりだ。

今となってみればよく分かる――私がトランスピューで目指したもの

前々回のところを書いていて、自分について、もう少し突き詰めた方がよいと考えたので、そのことを書く。
 
末木文美士先生が「四弘誓願(しぐせいがん)」を取り上げて、こんなことは無理だと思うだろうけど、仏教者は毎朝、ばか正直にこれを唱えている、というのをうけて、私も「なんとかこの類のことを、本の出版でやってみたいと思ったのだ。そういう見果てぬ夢を追う以外に、人が一生をかけてやることは、他にないではないか」と書いた。
 
この「この類のこと」とは、「四弘誓願」そのものの、「尽きることのない煩悩をすべて断ずることを誓います/量りしれない膨大な真理の教えをすべて学ぶことを誓います」というのでは、もちろんない。
 
私がトランスビューで目指したものは、一言で言えば、世の中の上辺を剝ぎ取って、物事の「真実」を明らかにしたいということだった。
 
創業当時の『オウム―なぜ宗教はテロリズムを生んだのか―』(島田裕巳)、『昭和二十一年八月の絵日記』(山中和子/養老孟司・解説)や、それに続けての『無痛文明論』(森岡正博)、『14歳からの哲学』(池田晶子)は、ジャンルはいろいろだが、「真実」という点では、高いところで揃っていた。
 
これを「真理」というと、ちょっと違う。「真理」はいちばん奥の、隠されたところにあって、そこには普遍に変わらないものがある。

「真実」は刻々と変わっていく。カルロ・ロヴェッリの『時間は存在しない』(冨永星・訳)を覚えているだろうか。このブログでも取り上げ、『古書通信』の連載でも取り上げた。『時間は存在しない』は、素粒子以下の世界では、あらゆることが動いている、たとえ大きなモニュメントであろうが、金属やダイアモンドであろうが、そんなことは関係ない。すべてが動いているのだ。
 
いま現在のところで、そういう瞬間をとらえて、「真実」を明らかにしたい。すべては動いているので、時間がたてば、その真実は、真実ではなくなる(かもしれない)。どうなるかは分からない。しかし私たちにできるのは、それが精一杯のところではないだろうか。

だから出版の企画も、すべては動いているので、尽きることはない。
 
もちろんその「真実」は、できれば「真理」であってほしい。「真理」というのがおこがましければ、それに限りなく近づいてほしい。人間が望みうるのは、そういう願いを持つことだけではないだろうか。
 
8年前、脳出血になってからは、ひたすら朗読をしている。その対象となっているものは、『夫・車谷長吉』(高橋順子)、『街と山のあいだ』(若菜晃子)、『月日の残像』(山田太一)、『新・旧 銀座八丁 東と西』(坪内祐三)、そして養老孟司先生の本全般である。

ジャンルも、言葉で対象に迫っていくその迫り方も、いろいろだけど、いずれも「真実」の姿が、生き生きと現れていて、それがいい。だから一生、これらの本たちを朗読していきたい。

新書でこれは大冒険――『死者と霊性の哲学―ポスト近代を生き抜く仏教と神智学の智慧―』(5)

末木先生は最後にやや唐突に、日本国憲法の問題を持ってくる。これはかなり問題である。

「意外にもこれまで隠蔽されてきた近代の新しい面が浮かび上がってきた。合理主義によって消し去られたかのように思われていた霊性的な理論や活動が、じつは十九世紀以後活発化して大きな潮流となり、そこには欧米だけでなく、アジアの智慧も合流していた。」
 
そこで一見奇妙に見える日本国憲法前文が、近代啓蒙主義の普遍性ではなく、十九世紀以降の「霊性的」普遍主義の系譜をひくのではないかと考えるのだ。
 
ここではユネスコ憲章と比較したりして、「霊性的」普遍性を言うのだが、かなり唐突である。
 
もう一つの問題は、憲法前文がはたして今日、世界へ向けて通用するのか、と末木先生は疑問を付す。

「日本がいかに『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して』といっても、それだけ信頼できる『平和を愛する諸国民』が今日どれだけあるであろうか。大国が相互に覇権を争い、世界中がその争いに巻き込まれる中で、どの国の『公正と信義』が信頼できるであろうか。ここでも、憲法前文は、世界の理想を掲げてはいるものの、実際の日本のあり方というところになると、思考停止状態になってしまうのである。」
 
これも延々言われてきた。「世界の理想を掲げ」るのは、あまりにお伽話だからもうやめよう、という案が一方にあり、お伽話だから掲げる意味がある、という真逆の意見がある。
 
このあと末木先生は、「封じられてはならない憲法議論」という見出しで、正論を述べる。改憲案は自民党一党が出しており、革新系の諸派は護憲を掲げて、そもそも改憲議論そのものを封じ込めようとしている。
 
今はこの二項対立的な分類しか、世間にないのはおかしいというのだ。革新系も、改憲論議の土俵に乗りなさい、と。
 
これは一見理路整然としているが、実態を見ればそうではない。
 
憲法は他の法律と、真逆の働きをする。憲法は、国民が、公務員や議員、皇室を縛るものだ。日本では皇室の人々が、この仕組みを、骨の髄までわかっている。だから天皇陛下以下、ことあるごとに憲法、憲法と口にするのだ。
 
そうすると憲法本文の、第一条から第八条までの天皇に関する条項は、日本国憲法・改定版から、外そうという議論が起こってもよい。天皇に関しては、別に法律を立てて決めればいいのだ。私は皇室の中に、これに賛成する人があると思う。
 
しかし、まず第一に改定すべき天皇条項を、今の情勢では、公の議論に乗せることができない。これ以上、憲法に関して書くのはやめるが、だから私は、「封じられてはならない憲法議論」というのには、大きな疑問がある。
 
最後の日本の行く末については、末木先生に賛成する。

「今や日本は焦って『先進国』であろうとする必要はない。国家の規模を考えれば、むしろ欧米の先進国よりも一歩遅れたところで、アジアの一国として自らの道を進むべきではないだろうか。日本は中国という巨大文明の近くにあり、その圧倒的な影響を受けながら〔中略〕独自の文化を成熟させてきた。もう一度その原点に立ち返り、豊かな内面の文化を花咲かせるべきではないだろうか。」

「先進」を争うのは本当につまらない。そういうところから、進むべき道が見えてくるはずだ。

(『死者と霊性の哲学―ポスト近代を生き抜く仏教と神智学の智慧―』
 末木文美士、朝日新書、2022年1月30日初刷)