見てきたような嘘でいいか――『剛心(ごうしん)』

これは信頼する書評家が、去年を代表する3冊の本に挙げていた。木内昇の長編小説で、『小説すばる』に連載された。
 
木内昇については、私の方にちょっとした因縁がある。早稲田大学が隔年で「坪内逍遥大賞」という賞を出している。第1回目は2007年で、大賞に村上春樹、奨励賞に川上未映子が選ばれた。
 
川上さんとはそのころ付き合いがあって、表彰式のある早稲田のリーガロイヤルホテルに出かけていった。村上さんとは20年ぶりくらいだったが、表彰式の主賓と観客席なので挨拶はできなかった。
 
2回目の2009年は大賞が多和田葉子で奨励賞が木内昇だった。どちらも名前は知っているが、読んだことはない。
 
木内昇の挨拶が初々しくてよかった。それで何か読んでみるつもりだったが、あいにく時代物が多く、何を読んだらいいかわからない。結局、何も読まずに済ませてしまった。
 
そこに信頼する書評家の、2021年度ベスト3の一つ、『剛心(ごうしん)』である。これは読まずにはいられない。
 
オビ表は2段階のコピーで、まず大文字の方、これは横組みである。

「百年前、この国の/未来を拓こうと/闘い続けた/建築家がいた。」
 
続いて小文字、これは縦組み。

「近代日本の礎を築いた/孤高の才能、妻木頼黄(よりなか)。/天災、疫病、政治の混迷。/明治から令和へ、あるべき/「日本の景色」を問う/渾身長編」
 
妻木頼黄の半生を縦軸に、明治の建築をどう創るか、伝統か革新かという大問題をめぐって、名のある政治家、官吏、建築家が入り乱れて、息も継がせぬほど面白い。
 
なお表題の「剛心」は、主人公の妻木が作中で解説している。それによれば、建造物の重さの中心である「重心」に対して、「剛心」は強さの中心という意味の言葉である。
 
登場人物の一人が、主題を要約したかたちでこう言う。

「統一性を欠いたものは汚い。ひとつひとつの建築物がいかに優れていても、景色として眺めたとき、ひどく野蛮で未発達に映るものです。日本の伝統建築の隣に英国風とドイツ様式の建造物が並び、その上、建築家が銘々己の技量を顕示したような代物が好き勝手に建ったらどうなります。まったく垢抜けん、稚拙で歪んだ、汚い景色ができあがります。」
 
この葛藤が全巻を貫く主題である。

終わりのクライマックスでは、苦い場面もある。大団円は決して心温まるだけのものではない。
 
ただ読み終わって思うのは、しかし私はもうこういうものを望んではいない、ということである。
 
いやもちろん、ときにはこういうものも面白い。ただ私はもうそれほど、持ち時間が残されてはいない。なにも悲壮がっているわけではなく、20代に比べれば、40代に比べればという、当たり前の話だ。

だからできれば、見てきたような嘘を書く歴史小説ではなく、最初から真っ赤な嘘でありつつ、そういう嘘によってしか書くことのできない、真実を読みたいと思う。

金原ひとみや川上未映子、あるいは村田沙耶香のような、真っ赤な嘘の作品を読みたいと思うのだ。

(『剛心(ごうしん)』木内昇、集英社、2021年11月10日初刷)

思い返せば、違う光景が――『彼は早稲田で死んだ―大学構内リンチ殺人事件の永遠―』(3)

巻末に、そのころ早稲田の革マル派の一文自治会副委員長で、今は大学教授になっている大岩圭之助(筆名、辻信一)との対談が出ている。この人は大学で教鞭をとりながら、昨今はスローライフを提唱する環境運動家である。
 
この対談が、実に噴飯ものである。

「大岩 本当に僕はあの組織の掲げる理念や活動の指針についてよくわかっていなかった、というかあまり興味がなかったように思います。それはいまも変わらない。
樋田 でも、当時は『革命的暴力は正しい』という組織の理念のもとに、さんざん暴力を振るっていたわけですよね。
大岩 でも、それは他の党派も同じでしょう。新左翼系のどの組織もみんな暴力的でしたよね。」
 
自治会の副委員長がこれである。実にやりきれない。

「大岩 僕の行動原理は基本的に任俠のそれなんです。一番影響を受けていたのは、マルクスやレーニンの本ではなくてヤクザ映画でしたから。負けるとわかってみんなが怖がっても一人で闘いに行くという美意識がヤクザ映画にはあるでしょう。いま振り返ってみれば、かなり幼稚なガキの美学ですけど。」
 
アホの一言。こういう手合いに「川口君」は殺され、それと対決し乗り越えるために、著者は渡辺一夫先生を読み込んでいたのである。「貫目」が違うとこういうことになる。
 
それにしても相手は、よく対談の掲載を承諾したものである。

「川口君」を殺害した5人の革マル派には、それぞれ懲役8年、6年、5年、3年6か月、2年が言い渡された。量刑に違いがあるのは、密室での役割分担がある程度、解明されたためである。

「川口君」の親は、これで満足しただろうか。
 
著者たちが卒業した後も、しばらくは早稲田は革マル派が牛耳っていた。しかしそれは劇的に変わった。

「事態が変化したのは、一九九四年に奥島孝康総長が就任してからだった。『革マル派が早稲田の自由を奪っている。事なかれ主義で続けてきた体制を変える』と就任後に表明し、翌九五年に商学部自治会の公認を取り消した。その時点まで、商学部は約六〇〇〇人の学生から毎年一人二〇〇〇円ずつの自治会費を授業料に上乗せして集め、革マル派の自治会に渡していた。つまり、年間約一二〇〇万円の自治会費代行徴収を続けていたのだが、これをやめた。」
 
この後も次々に改革を行い、サークル助成や早稲田祭に関しても、革マル派を外した。

「奥島総長は、革マル派から脅迫、吊るし上げ、尾行、盗聴など様々な妨害を受けたが、これに屈することなく、所期の方針を貫いた。
 川口君の虐殺事件から実に二五年の歳月を経て、早稲田大学は革マル派との腐れ縁を断つことができた。あまりにも遅かったが、奥島総長の決断と覚悟がなければ、癒着体制は今も続いていたに違いない。」
 
結局そういうことなのだ。著者たちは大学で革マル派と対決し、いいところまでいったけど敗れてしまう、しかしそれを語り継ぐことは意義のあることだ、ということでは全くない。

そうではなくて、「川口君」はゆえなく殺され、著者たちの戦いはほとんど無意味だった。まったくばかばかしいことだった。そのばかばかしさを嚙み締めなければ、またどこかで、いつの日か、そんなことが起こるだろう、ということだ。
 
第2次大戦の特攻隊は、まったく意味なく、ばかばかしいことだった。そのことを肝に焼き付けること。そうはいっても、という救いの手を、自分で自分に伸ばさないこと。そうでないと、「特攻隊」はまた明日かならず起こる。「川口君」の殺害も、著者の戦いも、その類いのことだ。
 
なぜ、この本が文藝春秋から出たのか。きっと早稲田で同期の人が、企画を通したのだろう。臨床読書の観点から言えば、学生運動の話はつまらない、ということだけはよくわかった。

(『彼は早稲田で死んだ―大学構内リンチ殺人事件の永遠―』
 樋田毅、文藝春秋、2021年11月10日初刷)

思い返せば、違う光景が――『彼は早稲田で死んだ―大学構内リンチ殺人事件の永遠―』(2)

このころの光景はいま思い返すと、違うように見えてくる。革マル派に抗して立ち上がった著者たち――。しかし実は、大学における責任者と言えば、管理者であり、広くは教職員である。

「翌一〇日に〔「川口君」の〕通夜があった。夜遅くになって、早稲田大学の村井資長総長と渡辺真一学生部長が来た。〔中略〕村井総長は、ありきたりなお悔やみの言葉を述べた後、『文学部だから、こんなことが起こった。文学部はひどい状態だった』と話し始めた。これを聞いて、僕は頭に血が上った。まるで評論家のような、他人事の口ぶりに対して。
『そんなこと、言っちゃいけないでしょ。あなた、大学の責任者だろ。大学の責任者として、学生の命を守れなかったんだ。無責任なことを言っちゃいけない』
 僕は強い口調で言った。」
 
今思えば、ここが核心だった。キャンパスで学生が殺される。異常な事件だが、早稲田の総長は、「ありきたりなお悔やみの言葉」を述べるだけ。そういうふうに皆がなっていた。

しかし総長以下はそれではいかんでしょう。そこにしか、キャンパスの暴力を解決する道はなかったのだ。これはいまになって見えていることだ。
 
早稲田の総長がこれだから、東大三鷹寮にいた僕らも、その程度のこと、あえて言えば「大学の日常のこと」として日々は過ぎていった。まったくひどいことだった。
 
これは関わりたくない、というよりも、関わることができない事柄だった。殺人事件のすぐ後、革マル派は緊急声明を出した。その一文にこうある。

「この事態は、彼〔=「川口君」〕のスパイ活動に対するわれわれの自己批判要求の過程で生じたものであった。それゆえわが全学連は、この不幸かつ遺憾な事態にたいし、全労働者階級人民の前にわれわれの責任ある態度を明らかにすることが階級的義務であると考える。」
 
しかしこういう文章を書く人とは、金輪際付き合いようがない。
 
著者はしかし、クラスの中で起こったことであるから、誰かが引き受けて、革マル派から自治を取り戻し、また「川口君」の犯人も探さなければならない。
 
このときやはり、強くかかわっていく人と、それほどでもない人とで、グラデーションが付けられて別れていくと思う。

もし僕が、このときの早稲田にいたとして、グラデーションを付ければ、限りなく弱い方に位置すると思う。だって「全労働者階級人民の前にわれわれの責任ある態度を明らかにすることが階級的義務であると考える」というような人とは、関わろうとしても関われない。
 
著者はこのとき、渡辺一夫のユマニスムを正面に立てて、革マル派と対決する。例の「寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか」という寛容論である。

でも渡辺一夫先生を掲げるなら、革マル派と対決するのではなく、ひたすら関係ないという態度を取らないだろうか。それでも革マル派と対立的に交わるときは、やむを得ず「寛容」の態度を取る、ということになるのではないか。
 
僕はそう解釈するけれども、ここはいろんな人が、いろんなふうに解釈するだろう。
 
この本は著者が大学にいるとき、革マル派と対決し、いいところまではいったけど、敗れてしまった。しかしそういうことを語り継ぐことは、意義のあることだ。そういうことである。
 
しかし、果たしてそうだろうか。

思い返せば、違う光景が――『彼は早稲田で死んだ―大学構内リンチ殺人事件の永遠―』(1)

著者の樋田毅(ひだつよし)は1952年生まれ、早稲田大学を出て朝日新聞に入り、2017年に退社している。
 
大学紛争を扱った本は、まず買わない。しかしこれは新聞書評で評価され、出版社は文藝春秋である。文春は良くも悪くも「大人」の出版社で、学園紛争を正面から扱った本は出すわけがない。一体どんなふうに料理しているのか、そこに興味があった。
 
この本は田中晶子が先に読んだ。僕よりも7歳若い妻が読んで、「このころの早稲田は異常だ」と言う。
 
早稲田だけではなくて、日本の主だった大学は、それぞれ事情は違えど、そして2,3年の誤差はあれ、みな大学紛争に明け暮れていた。
 
僕がそういうと、妻は「信じられない」と言う。読後感を聞くと、まず暴力沙汰が出てきて、それがいやだ、また、「何とか委員会」というのがやたらに出てきて、よくわからなかった、と言う。
 
うーむ、そういうことか。
 
1972年11月8日、早稲田大学構内で「川口大三郎君」が「虐殺」された。それをきっかけに一般の学生が、暴力に反対し、大学の中での自由を求めて立ち上がった。
 
早稲田の場合は、革マル派が自治会を牛耳っており、反対する者は暴力でねじ伏せた。「川口君」も革マル派に殺された。
 
1972年は、1月にグアムで元日本兵の横井正一が発見され、2月に連合赤軍による浅間山荘事件、3月にベトナムの米国地上部隊の撤退、4月に沖縄返還をめぐる外務省機密漏洩事件で、毎日新聞の記者が逮捕された。5月に沖縄が日本に返還され、またイスラエルの空港で日本赤軍の銃乱射事件が起こり、9月には田中角栄による日中国交正常化がなされた。
 
そうして「一一月八日の夜、早稲田大学文学部構内の自治会室で、第一文学部二年生だった川口大三郎君が、革マル派(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)という政治セクトの学生たちによる凄惨なリンチにより殺された。その遺体はパジャマを着せられ、本郷の東大附属病院前に遺棄された。
 その事件をきっかけに、一般の学生による革マル派糾弾の運動が始まり、私もその渦の中に巻き込まれていった。」
 
著者が早稲田で渦中に巻き込まれているころ、同じく72年に、僕は東大三鷹寮に入った。三鷹寮は反帝学生評議会(反帝学評)というセクトが牛耳っていたが、前年まで寮は学生運動の巣だということで、300人の定員に40人ほどの入寮者しかいなかった。
 
自治寮なのでそれは困るということで、72年には、セクト色を薄め、100人ほどの新入生が入った。セクトの人もいたが、一緒に麻雀をし、そこで無理に勧誘することはなかった。東大全共闘は、僕らが入ったころは徐々に下火になっていた。
 
それでも、革マル派と中核派は時に殺し合いになったり、ほかにも学生がリンチに遭うことはままあった。早稲田の件もその一つだった。
 
著者たちはキャンパスに自由を取り戻すため、自治会の取り戻そうとした。

「その過程で多くの仲間たちが理不尽な暴力に晒され、私も革マル派に襲われ、重傷を負うことになった。一年数か月続いた闘いの末、運動は挫折し、終焉を迎えた。」
 
こういう経過をたどるとなると、読み進むのはちょっと苦しい。

東条英機か養老先生か――『嫌いなことから、人は学ぶ―養老孟司の大言論Ⅱ―』

このところ養老先生の「大言論」シリーズを朗読している。全部で3冊あって、その2冊目に面白い箇所を見つけた。
 
現在このままいくと、いずれ石油は無くなるが、第2次世界大戦の頃もそんな話があった。日本は世界中から孤立しており、そうなると石油が入ってこない。2,3か月しかもたないと知って、東条英機以下は慌てた。ただちに開戦やむなしと結論づけて、これが「現実的」だと思った。

たぶん慌てふためくのは、今でも同じではないか。
 
石油は、自分が生きてるうちは大丈夫、何とかなるさ。これは実は何も考えてなくて、そういう事態に直面したときは、相変わらずパニックを起こしやすい。
 
養老先生はどう考えるか。

「石油がなくなった後の世界を考えると、私は逆に、人々がいまより幸福になるという確信がある。地産地消で適当な密度で人々は全国に散らばる。エネルギーがもったいないから、むやみに車で動かない。たかだか七十、八十キロの人体を運搬するのに、トンという重さの重機械を動かしている現状は、正気の沙汰ではない。」
 
うーん、見方を変えればそういうことになるか。

そして続ける。

「冷房をやめれば、都市を涼しくなるように設計するしかない。マフィアに殺された人間じゃあるまいし、コンクリート詰めはいい加減にしてくれ。機械のかわりに身体を動かせば、糖尿も痛風も減る。それをイヤだと思っているのは、やったことがないからに過ぎない。」
 
都市のビルに棲息し、仕事をする人間を、「マフィアに殺された人間じゃあるまいし」、というのが面白い。
 
鎌倉の寺院墓地の中の、一軒家に住む養老先生から見ると、ビルのオフィスやマンションは、そんなふうに見えているのか。
 
しかし石油がなくなれば、人は今よりも幸福になるという提言は、大胆で面白い。

もっとも、人が今より幸福になるかどうかではなく、石油がなくなるということをいま考えておかなければ、集団でパニックになってしまう、その前もってのことが大事なのだ。

「こういう見方は、ニヒリズムと混同されるかもしれない。私は特攻隊員を見送った世代である。特攻といえば、いまでもどこか粛然とせざるを得ない。しかし、その特攻では、モノは動かない。それは単なる事実であって、ニヒリズムでもなんでもない。精神性は個人にとってはきわめて重要だが、国家のような組織にとっては、べつに重要ではない。だから法が優先する。『法の精神』はあるかもしれないが、法自体は精神ではない。」
 
ここもかなり踏み込んだ意見だ。「右翼」に聞かせてやりたい。
 
この「大言論」シリーズは、何年か前に一度は朗読している。しかしその時は、ここのところはまったく素通りしてしまった。こちらの条件によって、読んでいるものをどう受けとめるのか、全く違ってくる。考えてみると怖いことだ。

(『嫌いなことから、人は学ぶ―養老孟司の大言論Ⅱ―』
 養老孟司、新潮社、2011年3月25日初刷、4月20日第2刷)

もの足りないと言っては言いすぎだが――『春のこわいもの』

川上未映子の新作短篇・中篇集。「青かける青」「あなたの鼻がもう少し高ければ」「花瓶」「淋しくなったら電話をかけて」「ブルー・インク」「娘について」の6篇が入っていて、最後の「娘について」だけが中編。
 
すべてコロナ禍の中で起こることである。ただし「コロナ禍」という固有名詞は、どこにも出てこない。

「青かける青」は、たぶんコロナの後遺症で、21歳の娘が病院で、じっと悲しい空想をめぐらせる。具体的なことは、病院に入院している娘以外は出てこないので、よくわからない。

「あなたの鼻がもう少し高ければ」は、学校が休校になり、授業はオンラインになるかどうか、という環境に置かれた「トヨ」が、美人という条件を付した面接を、思い切って受けてみる。結果は悲惨であるが、これが苦くて面白い。

「花瓶」「淋しくなったら電話をかけて」は略す。面白くないことは無いが、場合によっては面白いところもあるが、そういう程度のもの。

「ブルー・インク」は、「僕」が女友だちからもらった手紙をなくし、それを探しに夜の学校に忍び込んで、女友だちとさまよう話。手紙は出てこなくて、翌日学校に行くと、突然一斉休校の話があり、「僕」らはもう学校には来ないことになった。女友だちには、ついに会えなかった。

「昼間の光がまんべんなく降りかかり、校舎も窓も、中庭も門も、ありとあらゆるすべてがおなじ明るさに包まれていた。陽の光に白く濡れた生徒たちの頰は輝き、彼らはもっと大きな波になってさらに明るいどこかへ行こうとしているみたいだった。まるでどこからも影が失われた世界のなかで、もう思いだすこともできない青さのなかで、僕は動くことも探すことも声を出すこともできず、ただ立っていることしかできなかった。」
 
これが最後の一段だが、ちょうど『ヘヴン』と対称的に、「ただ立っていることしかできなかった」、で収められている。
 
そういえばこれは学校の話だし、『ヘヴン』の陰画のようにも思える。
 
最後の「娘について」は中篇で、のめり込むほど面白い。
 
小さなベストセラーを出して、作家の道を歩もうとする「わたし」と、女優になりたい親友の「見砂杏奈(みさごあんな)」、その母親の通称「ネコさん」の話。
 
これは『夏物語』の遠いヴァリアントのような気もするが、そういうこととは別に、「わたし」が「見砂」と「ネコさん」に向ける秘めたる悪意が、ぞくっとするほど面白い。
 
その例をいくつか引こうと思ったが、それはやめる。この作品は終わりまで読んでみれば、「ネコさん」は病気で亡くなり、「見砂」は女優になることを諦め、「わたし」は「誰にも求められていない小説を書き続け」ている。結末は悲惨だ。
 
しかしそれにもかかわらず、読んでいるときには、頁を繰る手ももどかしいほど面白い。そこは川上未映子の面目躍如たるものがある。

願わくば、今度は十分な長編でそれを見せてほしい。あなたは詩人だけれども、それを秘めたる物語作家だと思うので。

(『春のこわいもの』川上未映子、新潮社、2022年2月25日初刷)

今宵、酒場で――『昭和・奇人,変人,面白人―酒の肴100人たち―』

毎日朗読している中に、坪内祐三さんの『新・旧 銀座八丁 東と西』があり、これはもう6回目か7回目だ。

坪内さんの文章はリズミカルで歯切れがよく、よんでいてほんとに気持ちがいい。あるいは気分がいいと言ったほうがいいか。
 
その最終章「銀座六丁目 西」の中に、こんな文章がある。

「『銀座百点』一九八四年五月号に、巌谷大四と『セレナーデ』のママ野中花(この人の『昭和・奇人、変人、面白人』〔青春出版社、一九八三年〕は一大奇書だから、ネットで探して購入することをお勧めする)、そして瀬尾春さんによる座談会『文士と女給がいた時代』が載っている。」
 
ここを朗読するたびに、そうだ『昭和・奇人、変人、面白人』はアマゾンを調べてみなければと思うのだが、プレイブックスという新書版が、古書で5,6000円もしている。もちろん40年も昔の本だから新刊本はない。
 
で、今回もアマゾンを調べてみると、ありましたよ、古書のランクは「可」だけども、なんと1000円しないのだ!
 
早速買って読んでみる。
 
後ろにお客の人名索引が出ている。全員はとても引けないから、ピックアップしてみる。
 
芥川龍之介・淡谷のり子・池島信平・井伏鱒二・片山哲・川島雄三・木村功・近衛秀麿・小林秀雄・今東光・西城八十・桜内義雄・サトウハチロー・佐分利信・椎名悦三郎・清水崑・ゾルゲ・高見順・竹久夢二・立川談志・田辺茂一・谷崎潤一郎・東郷青児・徳川夢声・永井荷風・服部良一・林芙美子・林家三平・古川ロッパ・ボース・三島由紀夫・水谷八重子・向田邦子・武者小路実篤・森繁久彌・山田耕筰・吉川英治・吉田健一……。
 
はじめてママの野中花を口説いたのは、山田耕筰である。山田は華麗な女性遍歴で知られ、夫人も3回変えている(「赤とんぼ」で知られる山田耕筰がねえ)。
 
田辺茂一は飲むと必ずストリップをした。自称ベッサメモイチの口三味線に乗って、最後は猿股をスルッと落とす。でも前は見せない神業だ(うーん、紀伊国屋書店、大丈夫か)。
 
サトウハチローはこんな言葉を残している。

「いまの酒場で、もう一つ代表的なものは、土橋の『セレナーデ』だろう。〔中略〕
 ひらめに似たマダムが、一人でキャッキャッと、サービスをするのか、客を頭ごなしにこなしつけているのか、どっちだかわからない不思議なる社交術を用いて、とりもっている。」
 
なるほど、そういうタイプか。昔ゴールデン街に「まえだ」という店があり、ママの前田は客を叩くので有名だった。ずいぶんいろんな人が出入りしたものだけど、とにかくどんな有名人が来ても、「お前は馬鹿だねえ」と頭を叩いた。先生、先生と呼ばれる人たちは、かえってそれが面白くて通った。

『セレナーデ』のママはそのタイプで、しかもどうやら色気もあったらしい(「まえだ」のママは、色気は薬にしたくともなかった)。
 
ここに出てくる人の名前は、目移りがするほど華麗だが、この本の3分の1は男と女がくっついた話だ。考えてみると、バーで座ったら人の噂話が大半で、それが男と女であれば、必然的にくっついたの別れたのという話になる。
 
僕なんかもそういう話をして、膨大な時間を無駄にしたものだが、しかしその場にいると、それがじつに楽しい。
 
僕が脳出血で倒れたのも、それまでのことをよく考えるように、という天の配剤かもしれぬ。でも元気でバーに通っていたころは、それがとても楽しかった。
 
もちろん半身不随になって、読書とブログと朗読とリハビリ以外、何もないという生活にも満足している(というかけっこうヒマがない)。

そういうところから、疑似経験として『昭和・奇人、変人、面白人』を読んで懐かしむのも、愉しみの一つである。

(『昭和・奇人,変人,面白人―酒の肴100人たち―』
 野中花、青春出版社、1983年8月5日初刷)

本質的な問題――『未来への大分岐―資本主義の終わりか、人間の終焉か?』(4)

最後は経済ジャーナリスト、ポール・メイソン。資本主義は情報テクノロジーによって崩壊すると主張する『ポストキャピタリズム』で、次なる経済社会への移行を予言した(ちょっとゾクゾクしますね)。
 
問題はリーマン・ショックで、これはある時代の終わりを告げるものだったという。

「PⅯ 私たちはみな、新自由主義に代わる新しい社会のビジョンを打ち出そうとしています。二〇〇八年を境に新自由主義が危機に陥ったため、今は左派にチャンスがありますし、逆にこの機会を逃せば、気候変動や債務危機によって、五〇年後には人類は深刻な事態に直面します。」
 
以上が前提で、今起こっている情報技術の革命により、すぐそこまで来ている「潤沢な社会」が実現すれば、モノでもサービスでも、対価は限りなく減ってゼロに近づいていくだろうという。
 
例を挙げれば、音楽はインターネットを通じて、簡単にダウンロードされたり、シェアされるようになった。ディスクをCDショップに流通させる必要はなくなった。

同じことは新聞や書籍についても言える。ダウンロードして読めば、本代や新聞代は必要なくなる。そこでの必要な手間は、すべて省略できるのである。
 
モノに関しても同じことが言える。ここは斎藤幸平の言葉を借りよう。

「たとえば、オープンソースのプログラムで駆動する3Ⅾプリンタなどがわかりやすいでしょうか。3Ⅾプリンタは小さなモノの立体コピーをつくるだけにとどまりません。3Ⅾプリンタの技術を使って、住宅の建築も可能です。」
 
そして斎藤は驚くべきことを言う。

「実際、一棟六〇万円ほどの価格で、住宅を供給するプロジェクトをカリフォルニアのデザインスタジオなどがすでに始めています。しかも施工にかかる期間はわずか二四時間だといいます。」
 
これが普及すれば、何千万円もかけて家を建てるのが、全くばかばかしくなる。
 
これを「潤沢な社会」と一概には言えないと思うが、モノやサービスの価格が、破壊されることは間違いない。

「PМ 情報技術に基づいた生産は、社会を便利にしていくわけです。飛躍的に実用性・効用を増大させますからね。ところが、実用性・効用の増大は、最終的に資本主義の現在の構造を突破するところまで突き進むのです。」
 
要するにモノやサービスが無料に近くなれば、市場の価格メカニズムは機能しなくなり、利潤の源泉も枯渇してしまって、資本主義は成り立たなくなるというのだ。
 
さあ、どうでしょうか。しかし面白い。

「ひとつの企業が無料に近いモノやサービスを開発・提供したなら、他の企業も追随せざるをえない。
 こうして、さまざまな分野で限界費用がゼロになり、モノやサービスは無料に近づき、『潤沢な社会』をつくるための条件がそろっていくというわけです。」
 
資本家は利潤の源泉がなくなり、資本を増やすことができないので、資本主義は終焉を迎えるというわけだ。
 
ポール・メイソンが、なぜこういうことを構想するかと言えば、現実に対する辛辣な批判が根底にあるからだ。

「私たちが生きているのは、自由市場ではない反競争的な資本主義なのです。フェイスブックがSNSを独占し、グーグルが検索エンジンを独占し、アップルがスマートフォンを独占するというように。
 それに、ウーバーやAirbnb(エアビーアンドビー)といった新しい企業は、熟練を要する仕事をまったく生み出しません。増えているのは、租税回避ばかり。現在の資本主義は、想像しうるもっとも反社会的な資本主義のひとつなのです。」
 
本当は、資本主義が乗り越えられるためには、メイソンと斎藤の議論でも、まだ紆余曲折がある。しかし大本は、これまで述べたようなことである。

その方向に進んでいけばと思うが、しかしこれを「潤沢な社会」と呼んでいいものかどうか。これまでのモノやサービスが無料に近くなったとしても、そういう社会を「潤沢な社会」と呼んでいいかどうか。陥穽が、すぐそこに口を開けて待っている、という気もするが。

しかしメイソンの言う、モノやサービスがタダになり、資本主義が終焉する日だけは見たいと思う。
 
この3つの対談は、私に分かった限りで言うと、最も本質的な問題を正面に据えて、斎藤幸平が真っ向から対談者と格闘している。それは思わず、こちらから身を乗り出していくほどである。

(『未来への大分岐―資本主義の終わりか、人間の終焉か?』
 斎藤幸平/マイケル・ハート/マルクス・ガブリエル/ポール・メイソン
 集英社新書、2919年8月14日初刷、2020年8月23日第9刷)

本質的な問題――『未来への大分岐―資本主義の終わりか、人間の終焉か?』(3)

第二部に登場するのは哲学者のマルクス・ガブリエル。ボン大学教授で、『なぜ世界は存在しないのか』で著名になった。
 
そのタイトルは知っていたが、最年少でボン大学教授になったり、書名がこけおどし臭くて、仰々しくて読む気がしなかった。

それに「哲学」の本は、一般に面白くない。哲学はよけいなものをそぎ落として「真理」を追究するが、文学は「あれもよし、これもよし」で、方向性がまったく正反対である。哲学の本を読んでいると、根拠のない断言の連続で、とめどなく窮屈になってくる。
 
しかしマルクス・ガブリエルとの対談は、出だしは快調である。

「MG 概念を扱う哲学がなぜ役に立つのか。私たちの社会が、概念の問題を抱えているからです。現代において、私たちが思考する際に用いている概念の多くは誤りの多い欠陥品で、あちこちに論理的な間違いがある。それは許容できるレベルのものではありません。」
 
いやー、実に明快、なるほどそういうことだったのか。そんなふうに説いた人はいなかったよね。

「概念が間違っていたら、人種差別や不平等、民主主義の危機や資本主義の暴走といった現実的な問題の解決に向けた取り組みを始めることなどできません。現代が困難な時代である理由のひとつは、ここにあります。」
 
そうか、そうだったのか。だから私の頭は、しばらく考えていると、ごちゃごちゃして何が何だかわからなくなったんだな。そうした誤った概念を、哲学は、より良い概念に提案し直すことができるというのだ。

「現代の複雑な問題を解決するためには、分野横断的な協力関係を築くことが喫緊の課題なわけですが、哲学こそがその準備を行うことができます。好きか嫌いかにかかわらず、哲学だけが、グローバルな危機の解決に向けて大きく貢献する知を生み出すことが可能なのです。」
 
こう自信たっぷりに言われては、期待はとめどなく大きくなる。
 
それはいいのだが、次々と自信たっぷりに言うそのことが、対談のせいもあって、議論が緻密に組み立てられていない。
 
たとえば、チョムスキーを批判して言う。

「実際、『ニューヨーク・タイムズ』が報道していることは、『自明の事実』です。ところが、チョムスキーはその報道をプロパガンダであると主張している。つまり、自明なことを自明ではないものとして、彼は扱っている。要は、懐疑主義者なんですよ。」
 
これは問題発言だ。逆に『ニューヨーク・タイムズ』が報道していることは「自明の事実」である、となぜ言えるのか。まずその根拠を示せと言いたい。
 
それにチョムスキーは、『ニューヨーク・タイムズ』全般をやり玉に挙げてはいなかった。それなのにマルクス・ガブリエルは、こんなことを言う。

「『ニューヨーク・タイムズ』はプロパガンダの道具だと主張するなら、そのプロパガンダが誰の、何のためのものなのか、そしてどうやってチョムスキー自身がそのことを知ったのかをきちんと明らかにすべきなのです。」
 
チョムスキーは個別の事柄につき、静かに論拠を上げて、たとえば『ニューヨーク・タイムズ』は、こうこうこういう点については、およそプロパガンダであると言ったのだ。
 
私はトランスビューで、『チョムスキー、世界を語る』と『マニュファクチャリング・コンセント―マスメディアの政治経済学―』(上下)の編集を担当したので、その辺はよくわかっている。とくに後者の上下二巻本は、極めつけの名著である。
 
しかしもちろん、現状への鋭い批判もある。

「フェイスブックやツイッターなどのSNSは情報の喫煙とも言えるもので、多くの害、知的な害をもたらしています。ウィキペディアも喫煙に似ています。『ウィキペディアにはあらゆる情報があって、素晴らしいじゃないか』と思うかもしれませんが、本当の情報は得られません。生煮えの情報しか得られないのです。」
 
しかしこれも対談だから、相手が同意してくれればそれで済んでしまうが、本当は根拠の要る話だろう。
 
マルクス・ガブリエルの本質は、例えば次のような箇所にある。

「すべてを包括する全体性としての『世界』は存在しないのです。
 自然科学は、宇宙と世界を同一視していますが、それは根本的に間違っています。自然科学は世界の存在という問題を解決しません。」
 
なるほど、これは納得できる。そしてその先。

「自然科学が扱うことができるのは、限られた範囲の対象だけだからです。正義、美、数式の本質などについて、自然科学からは何も重要なことを導き出せません。自然科学は、非物質的な永遠的対象を研究しないのです。」
 
なるほど納得できる、というもおこがましい、これ、あったりまえではないですか。
 
しょうがない、『なぜ世界は存在しないのか』を読んでみよう。しかしくれぐれも、自然科学と、正義や美は、同時に論じることができない、だから「世界は存在しない」という、程度の低い頓智もしくは洒落で、逃げることのないように。

本質的な問題――『未来への大分岐―資本主義の終わりか、人間の終焉か?』(2)

現代資本主義については、そこにもう一つ、別の要因が加わる。

「MH 周知のとおり、マルクスは、資本主義的生産様式とは生産力を上昇させていかなければならないと書いています。資本主義的生産様式は利潤の獲得をめぐる市場での競争を通じて、生産力を不可避に上昇させていくのだと。
斎藤 自動車や冷蔵庫、今ならiPhoneを、とにかくたくさんつくり出そうとするわけですよね。」
 
これは今では物資をすっ飛ばして、直接株価を押し上げるにはどうすればよいか、資本主義諸国の中枢は頭をめぐらしている。
 
例えばNISA。毎月積み立てて、一定ではないが利金が上乗せされていく、という仕組みだが、これはあなた、あるいはあなたたちが、あるときこぞってNISAをやめれば、崩壊する制度である。簡単に言えば、ねずみ講であり、それ以外のものではない。
 
毎月積み立てに励み、かつ新規の加入者が続々と入ってくるから、制度はもっている。しかしいずれ日本の人口のすべてが入ったときに、終わりを告げる。
 
そこで為政者は考えた。高校生の段階から「貯蓄」という科目を必修にすれば、ねずみ講は無限にもつ。そこで遠からず、そういうふうに必修科目を設定しようとしている。
 
もちろん「貯蓄」ではあんまりなので、「資産形成」とかなんとかいうものに代えようとしている。実態は「ねずみ講に入ろう!」そのものである。
 
本当はその前に社会保障制度、つまり健康保険と年金、失業保険、それに生活保護制度を教えなければいけない。しかしそれは教えない。まったく狂っている。
 
斎藤はまた当時の首相、安倍晋三についても辛辣なことを言い、その行き着く先を見通している。

「議会民主主義の機能不全と過去へのノスタルジーに依拠した政治主導体制が、国難レベルの危機と合致した場合に、愛国主義的で、強権的な独裁体制に変貌してしまう危険性をもっと深刻なものとして、私たちは認識しなくてはなりません。」
 
来たるべき社会を論じようというとき、「過去へのノスタルジーに依拠した政治主導体制」に触れなければいけないとは、何と無残なことであろうか。今、ロシアのウクライナ侵攻を見ても、現実のどうしようもなさに、ただ茫然とするばかりだ。しかしともかく先を見すえなければ、どうしようもない。
 
第三章の「〈コモン〉から始まる、新たな民主主義」は、マイケル・ハートの議論の中心だと思うが、私には〈コモン〉というのが、絵に描いた餅のようでピンと来なかった。

〈コモン〉とは、「民主的に共有されて管理される社会的な富のこと」と言われても、抽象的でよくわからない。こういうとき、なんとなく解ったふりをして、自分を納得させるのはよくないと思う。
 
そこでハートは具体例として、ベルリンの電力システムを上げる。公共事業体だった電力システムの運営権は、1989年以降、私企業である電力会社に委ねられ、民営化される。2013年にそれを再公営化せんとして、住民投票が行なわれる。
 
そのさい「電力システムを国家がコントロールする国有財産でも、私有財産でもない、〈コモン〉にすることが争点」になったという。よくわかりませんなあ。

斎藤もハートを受けてこう言う。

「投票結果は、賛成票の数がわずかに足りず、再公有化ができずに終わってしまい残念でした。〔中略〕電力という〈コモン〉を企業の儲けの対象にするのではなく、持続可能でフェアな電力供給を市民の手で実現させようと、さまざまな小規模の市民団体が草の根的運動を展開していましたから。」
 
これで〈コモン〉を解れというのは、無理じゃないかなあ。それとも私だけが、あいかわらず脳内出血の後遺症で、ピンボケになっているんだろうか。
 
一方、土地を私的所有財産としてではなく、〈コモン〉と考えてみるというのは、よくわかる気がする。
 
しかしそこから話を進めて、「地球というエコシステム全体を〈コモン〉として考えたい」と言われると、ついて行けなくなりそうな気がする。
 
資本主義が短期的な利潤の観点からしか、自然を扱えないのがいけない、と2人は言う。だからこそ、環境思想と資本主義批判を結びつける必要がある、というのだが、これを絵に描いた餅でなくやろうとすると、本当に難しい。
 
マイケル・ハートとの対話は、他にもいくつも論点があって、再読、三読して気持ちが沸き立つところ、考え込むようなところがある。