理知的な近親相姦譚――『軽薄』(3)

女主人公は甥といるときも冷静である。

「本当はずっと一緒に居たいんだ。彼がそう言って力を込める両腕の中で、ずっと一緒に居ても何一つ良い事なんてないのにと私は思っていた。」
 
なんかもう、さっぱりワヤですなあ。恋に夢中という一時期を除けば、女が男といても、あるいは男が女といても、取り立てていいことは、そんなにない。
 
熱病のような時期を過ぎて、いいことがそんなになくなってからも、ずっと一緒に居たいかどうか。これが、その人を伴侶にしうるかどうかの境目である。
 
仕事についても、「カナ」は、自覚的で明晰な考えを持っている。

「別に私は仕事をしてないと生きていけないというタイプの人間ではない。でも、ワーカホリックの人の気持ちが今は分かる。仕事というのは麻薬のようなものだ。充実感と達成感と金をもたらし、すればするほど人から賞賛される麻薬なんて、ハマらないわけがない。」
 
これもたぶん、日本人に特有のことかと思うが、こういう心根の人たちは大勢いると思う。だから日本の社会からは、残業が無くならないわけだ。
 
次は女優のプロデュースした店のオープニングパーティの前夜、「カナ」は行きたくなくて、考え込んでいる。

「どっと肩が重くなった。私は、この業界には向いていないのかもしれない。これまで何度も思ってきた。でもよく考えてみれば、私はそもそもこの世界に生きながら、人にしても場所にしても学校や仕事にしても、何に対してもしっくりきた事がない。つまり私は、この世界に向いていないのかもしれない。」
 
こういうところを読むと、「カナ」の向こうに、金原ひとみが透けて見える。

「カナ」は最後に、自分に対して本当のことを悟る。私は「全ての人に対して等しく、本質的な部分で向き合わないようにして生きてきた」のである。

「カナ」はこれから離婚して、全てのことに本質的な面で向き合って生きるだろう。その過程が、どんな修羅場を生むかはわからない。それについては、また別の物語が必要になるだろう。
 
最後に「カナ」は、自宅マンションの近くで、「弘斗」の父親に会う。この父親はすべてを知っており、「カナ」は冷静に詳細を話す。
 
父親も冷静で、この人はちょっとスーパーマン、でも感じの悪い人ではない。

そして別れて、自宅に帰るのだが、その途中――。

「一歩一歩足を進める。タクシーに乗ろうかなと思って、いや、徒歩十分だぞと思い直す。でもなかなか近づかない高層マンションを見上げて歩きながら、自分の歩幅の小ささを思い知る。人は一歩ずつしか歩けない。無力感は抱くが、絶望するほどの事ではない。」
 
これは良い文章で、救いを感じる場面だ。

(『軽薄』金原ひとみ、新潮文庫、2018年9月1日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 09:16Comment(0)日記