理知的な近親相姦譚――『軽薄』(2)

「カナ」と「弘斗」の性的な場面も、臨場感がある。

「右手の真ん中に唾液を垂らし、そこで亀頭を包み込むと、手首を捻って手のひらを滑らせる。彼は大きく息を吸い込んで息を止め、ゆっくりと息を吐き出していく。左手をクリトリスから離し彼の太ももに触れる。口だけで性器を咥えると、彼は僅かに声を上げて私を押しとどめガラス窓に押し付けた。その場に膝をつき、彼は私の両足を持ち上げ舐め始める。ずっとこういう気持ちのいい事をしていられたらいいのにと思う。」
 
本当に、ずっとこういう気持ちのいいことを、していられればいいのに、でも、「気持ちいい」ことは、たいしたことはない。そこからさらに、ギアを上げる。

「彼がクリトリスにキスをする。舐め上げ、軽く歯を立てる。声を上げる私に彼が視線を上げ、また舌で舐め上げる。痛みに近い快感が走り、足の付け根が引きつっていた。入れてと言うと、彼はゴムをつけ、後ろから挿入した。激しく声が上がるのを止められない。窓に手をついて下を向いている私を抱きかかえるように起こし、左手の指を口に二本入れ、右手はクリトリスを探り当てた。膣が何度も痙攣した。」
 
これも内容は強烈だが、端正な文章だ。
 
話は逸れるが、一人称の女性の文章で、先のようなことを書くのは、どういうものなのか。主人公が、こんなに冷静に文章にできるなら、性行為に没入していないのではないか、という疑問が湧いてくる。
 
これはこの本だけではなくて、女性が一人称の文体で性行為を書くと、いつも私はそういうところに、微かな疑問を感じてしまう。
 
それはそれとして、甥との近親相姦をしても、「カナ」の世界は壊れない。

「弘斗とのセックスは気持ち良い。でも、それは世界を揺るがすようなものではない。私は、甥と不倫しても壊れない世界に苛立っているのかもしれない。そんな事をしたら世界が変わると思っていたのかもしれない。でも世界は壊れなかった。」
 
では世界が変わるとは、どうすればいいのか。ここで「カナ」は、また考えるのであるが、なかなか出口は見つからない。その間にも脳みそは、溶けて流れていきそうだ。
 
次は姉夫婦が「弘斗」も入れて、「カナ」の家でバースデー・パーティーを開くところ。どちらも親子3人である。

「ここにいるのは二つの家族。両親に息子という家族が二つ。男が四人に女が二人。四十代が三人、三十代が一人、十代が一人、一桁代が一人。どう括っても、私はこの集まりに歪さを感じた。これまで皆で集まった時には感じていなかった歪さの原因は、私がこの中の二人の男とセックスをした事があり、一人を膣から生み出したという、そして姉と私は同じ膣を通って生まれてきたという、そういう下半身の関係性によるものだろうか。」
 
きわどいことを書きながら、しかしそこには、そこはかとない可笑しさが溢れている。背徳的なことを含んでいながら、ついつい小さく笑ってしまう。
posted by 中嶋 廣 at 09:26Comment(0)日記