理知的な近親相姦譚――『軽薄』(1)

ときどき無性に、金原ひとみが読みたくなる。この人の文章は、いつも安定している。内容こそ過激で、ぎりぎりの事を書いているときも、その文体は実に安定している。
 
この作品は、女性の一人称で進行して行く。カバー袖に、金原ひとみのポートレートが載っているので、ついこの文体が、私小説であるかのように思えてしまう。
 
主人公の「カナ」は18歳のとき、情のもつれから、恋人に刺されるが、一命をとりとめ、別れてイギリスに行く。そこでスタイリストとして仕事をし、夫と息子を得る。
 
日本に帰ってくると、アメリカから姉一家が帰国し、「カナ」は甥の「弘斗」と再会する。

29歳の「カナ」は、19歳の「弘斗」に激しい愛情を寄せられ、ついに性交をしてしまう。話は近親相姦なのだが、感情のどろっとしたもつれはない。
 
話の筋はそういうことだが、文章は筋以外のもろもろの事柄があって、私はそちらの方にも惹かれる。
 
たとえば、イギリスから日本に帰ってきたばかりのとき――。

「ここにいても喜びがない。私はその言葉を喉の奥に留めた。ゆとり、気楽さ、余裕、いや、何だろう、言葉ではうまく言えないけれど、日本に戻って以来私はあるものを喪失したような気がしている。日本に戻って得たものもたくさんある。でも、その喪失した何かが、自分の中で存在感を増していっている気もするのだ。」
 
最初に指摘された、何だか解らない喪失感、それが徐々に大きくなり、最後に明確な形をとって、終わりを迎える。
 
その間の事柄が、この小説の中身だが、その過程は徹底的に理詰めで、知的なものである。

「カナ」は、一度は死んだつもりでロンドンへ行ったが、言葉の壁や文化の違い、そして有色人種ということで、いわれのない差別を受けた。しかし一年を過ぎるころから、怒りや悲しみを感じなくなった。

「それから私は、どんなに不条理な目に遭おうと、どんなにひどい待遇や差別に出会おうと全く心が動かなくなり、『へえ』という一言が頭をよぎるだけになった。」
 
これならよくある、日本人のイギリス体験記なだけである。しかしこのあと、比較して日本が出てくる。

「日本では、そういう国に生きている緊張感から完璧に解放される。ここまで清潔で安全な国は世界中どこにもないだろう。今ある平和を守ろうと過剰に閉鎖的になってしまうのもある意味当然なのかもしれない。でも、温い温いお風呂の中でぼんやりしている内、脳みそが耳から溶け出していくような、そういう浸蝕系の苦しみが、日本の滞在が長くなっていくにつれてどんどん堪え難くなっていく。」
 
なるほど、私にとって日本が心地良い理由が、じつにクリアに述べられている。脳みそが溶けるというところが、なんとも情けない気もするが。
 
このあとも、考察の手は緩めない。

「この、ガス室に僅かずつガスを送り込まれるような蝕みを体感していると、日本に自殺者が多い理由が何となく分かる気がする。次第に生きる気力か蝕まれ、そろそろいいかな、とまるでお風呂から上がるかのように一人静かに死んでいく道を選択する人の気持ちが。生きる目的を、生きる目標を、少しずつ見失ってしまいそうになる。」
 
見事な比較文明批評である。こういう文章を一人称で書くから、「カナ」と金原ひとみが、重なって見えてくるのだ。
 
と同時に、すぐれた作家は、「炭鉱のカナリア」だというのも、とてもよく分かる。
posted by 中嶋 廣 at 09:30Comment(0)日記