私もついつい言いたくなる——『中古典のすすめ』(7)

1987年のベストセラー第1位は、俵万智の『サラダ記念日』だった。第2位はG・キングスレイ・ウォードの『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』(城山三郎訳)。 
 
そして第3位が安部譲二『塀の中の懲りない面々』である。斎藤美奈子は、「なぜこのような本がミリオンセラーになったのか。いまとなっては謎だけど」と書いているが、この年のベストテンには、安部譲二の『極道渡世の素敵な面々』と『塀の中のプレイ・ボール』の2冊が入っている。安部は、短かったけども、ナンバーワンの売れっ子作家の時代があったのだ。

『塀の中の懲りない面々』は何といっても、山本夏彦が主宰する雑誌、『室内』に連載されたことが大きかった。

大立者というよりは、小言幸兵衛といった方がぴったりの山本夏彦が、チンピラ風に見える安部譲二を、言葉は悪いが、子犬を手なずけるように転がしている。そこも良かった。
 
それにしても、今から見るとベストテンの顔ぶれは、実に豊かだったと言わざるを得ない。本当はこの時代には、読み応えのあるしっかりした本が、もう無くなってきていた。
 
ふり返っていまは、年間のベストテンを見る気もしない。
 
ちなみに『塀の中の懲りない面々』は、〈名作度〉★2つ、〈使える度〉★2つだが、これが古典に格上げされることはないだろう。
 
小林信彦『極東セレナーデ』は、『中古典のすすめ』に導かれて読んだ本の中では、圧倒的に面白かった。まさに掘り出し物だった。
 
このバブルの時代は、よってたかってアイドルを作り上げ、そこにギョーカイ人が押し寄せる。

「ま、あり得ない話です。あり得ない話なんだけど、バカげたカネを使ってバカげた商売を考える人たちが実際いたのも、この時代ではあった。そのうえ利奈〔主人公〕の周りを固めているのがまた、いかにもギョーカイ然とした怪しいやつばっかりなんだ。」
 
後半の最後、チェルノブイリの原発事故が起こる。小説の明るい調子は転調し、時代は暗転する。
 
ここを先途と東京電力と広告会社は躍起となって、「だって――日本の原子力発電は安全なんだもん」キャンペーンを打ち出す。これを背負わされたアイドルは、どうなっていくのか。

「文化人やタレントを積極的に活用した、巧妙な原発安全キャンペーンがスタートしたのが九〇年代だったことを思えば、不吉な未来を予言していたともいうべきかもしれない。」

「かもしれない」どころではない。この結末は、数々の事故、中でも福島原発の事故を予言し、この先の日本をあまりに精確に見ていた。
 
こんな優れた小説があったのか。しかも小林信彦の新聞小説で。
 
これは福島第一原発の事故後、もっと読まれてしかるべきだった。それとも実際に、この時期読まれたのに、私が知らなかっただけか。どうせ小林信彦だから通俗小説と思って、見ていたのかもしれない。実にバカだった。
 
ちなみにこれは、〈名作度〉★2つ、〈使える度〉★3つだが、こういうものが、大きく言えば、千変万化する「中古典」と呼ぶにふさわしい。