謎の核心はどこに――『ロッキード』(2)

『ロッキード』は前回も述べたように、約600ページの堂々たる本である。しかしノンフィクションとしては切れ味に欠ける。
 
田中角栄や児玉誉士夫らの、明らかになっていない面を白日の下にさらす、というのではなくて、ロッキードを取り巻く地平を、どこまでも隈なく拾い上げて、この疑獄事件がより大きな絵図に収まることを示そうとする。
 
ただ、その画面があまりに大きすぎて、読み終わったとき、うまく焦点が絞れない。
 
いや、もちろん焦点はある。

「米国、三木総理、検察庁、そしてメディア――はそれぞれが欲しいものを手に入れるために、角栄にとっては、余りに理不尽で不運な事態が、重なった。
 だが、角栄を破滅させた本当の主犯は、彼らではない。
 政治家・田中角栄の息の根を止めたのは、別にあった。
 世論だ。
 かつては今太閤と持て囃した国民こそが、角栄を葬ったのだ。」
 
いかにもなるほどと膝を打ちたくなるが、しかしよく考えてみると、これは何も言ってないに等しい。
 
この結論を持ってくるには、まったく違う組み立てと、それを述べる叙述が必要である、と私は思う。
 
それよりも私は、この600ページの本の中で、ただ一カ所、どうしても腑に落ちない点がある。
 
それは総理秘書官・榎本敏夫が、丸紅から5億円の現金を受け取り、それを田中角栄に届ける際、角栄付きのドライバーである笠原政則が運んでいることだ。

検察はそう主張しているし、それに基づき、榎本は外為法違反の罪が確定している。

問題は笠原政則である。

「笠原は、七六年七月三一日と八月一日に検事の取り調べを受け、翌朝、自宅近くの山中で、排ガスを車内に引き込んで自殺している。」
 
笠原に関する、この本の叙述はこれだけ。2日間、取り調べを受け、翌朝、自殺。これこそ、最大の謎である、と真山仁は思わなかっただろうか。
 
まさか笠原運転手に榎本敏夫が、これは賄賂で黒い金だから慎重に運ぶように、とは言わなかっただろう。
 
笠原は検事に、何をしゃべったのだろう。あるいは逆に、それはすぐに命を絶たなければいけないほど、隠しておくべきことなのだろうか。
 
ロッキード事件では、総理大臣も右翼の大物も、航空会社の社長も丸紅の重役も、みんなあたふたし(国会の証人喚問を思い出そう)、場合によってはお縄を受けることになるけれども、しかし考えてみれば所詮は金のことだ。

しばしほとぼりが冷めるまで、人前には出られないかもしれないが、ちょっと我慢していればいいことではないか。極端に言えばそういうことだ。
 
しかし笠原運転手は耐えきれず、車内にガス管を引いて死んでいる。
 
ロッキードの関係者は、金で横っ面を叩けば弱い連中ばかりだ。これはもう、そういうところは全員同じである。そして当然、何よりも命が大事だ。
 
独り、運転手の笠原政則だけは違っている。自殺をしても守りたいものがあったのだ。その謎をぜひ説いてほしい。

(『ロッキード』真山仁、文藝春秋、2021年1月10日初刷、30日第3刷)
posted by 中嶋 廣 at 09:30Comment(0)日記

謎の核心はどこに――『ロッキード』(1)

田中角栄については復権著しく、汚点となったロッキード事件はともかく、いま仮に生きていれば、日本の政治もここまでひどいことにはなるまい、という意見が散見されるようになった。
 
ロッキード事件については斎藤美奈子が、このブログでも取り上げた『忖度しません』で、石井一の『冤罪―田中角栄とロッキード事件の真相―』を誉めていた。

石井一は、もと田中派の国会議員であり、冤罪というに決まっている、と思いながら読んでいくと、意外や意外、事実を積み上げていく手さばきが見事で、ノンフィクションの王道を行くものであったという。
 
私は10年くらい前に、郷里を同じくする政治家のパーティーで、石井と同席したことがある。なんだかこわもてで、挨拶はしなかった。その時はおなじ民主党の中でも、蓮舫や、首相になる前の野田佳彦が群れを作っていたのに対し、石井は誰とも口を利かず、寄ってくる取り巻きもいない中で酒を飲んでいた。
 
ロッキード事件については昨年、2020年にも、春名幹男の『ロッキード疑獄―角栄ヲ葬リ巨悪ヲ逃ス―』が出た。これは買わねばと思っているうちに、真山仁の『ロッキード』が出たのである。
 
おなじ600ページの本なら、新しい方を買うだろう。しかしこれは、どうやら両方ともいるようだ。春名幹男はジャーナリストであり、『ロッキード』の真山仁は小説家だ。その叙述は、全く違うようなのだ。
 
ロッキード事件については、最高裁が1995年に、丸紅ルートに関し有罪を下した。概要は次の通りだ。

「田中角栄は、総理在任中に、米国の航空機メーカー、ロッキード社からの賄賂を受け取り、全日空に同社の『トライスター』を購入するように口利きをした罪を問われた。その際、ロッキード社の代理人である丸紅から合計で五億円の賄賂を受け取ったとして外為法違反で逮捕、外為法違反と受諾収賄罪で起訴され、遂に有罪と認定された。」
 
これは最初、ロッキード社が自社製品を売り込むために、裏金として約21億円を秘密代理人の児玉誉士夫に渡し、代理店の丸紅にも、別ルートで裏金が渡ったとされる。
 
ここらあたりは事実が錯綜して、要約するだけでも大変である。そこは端折って、事件の主役が、児玉誉士夫から田中角栄に移ったことを押さえておく。
 
真山仁はその前に、田中角栄の人となりを丹念に描く。越山会の金庫番である佐藤昭の言葉を引いて、田中角栄が繊細でやさしい人柄だったことを述べる。

これは私には、どうでもよいことである。こういう余計なことが入ってくると、かえって本筋を見失う。
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何よりも文体――『fishy』(5)

ユリは、ある時は夫と10歳の女の子がいて、ある時はたった一人きりの奔放な女、そして時には人殺しまでもやってのける、らしい。

「episode4」で弓子が、いい加減なことばかり言ってるユリに、本当のことを話しなさいと迫る場面。
 
ユリはこう言う。

「〔夫に関しては〕三年間、連絡も目撃情報もなかった。三年前、浮気して離婚要求してきた夫を、私が殺したから。現場はここ。夫の遺体は死後硬直が始まる前に結束バンドで体育座りの形に縛って布団用圧縮袋を二重にして真空パックにして、Amazonで買った業務用の二百リットルの横置きの冷凍庫に入れてる。物凄いアドレナリンが出てたから達成できたけど、今思えばすごい肉体労働だった。あっちの部屋に冷凍庫置いてるんだけど、見る?」
 
この話は、最初の方で男と喋っているときにも、出てくる。当然そんなのは、エリの冗談だと、読者は思うではないか。
 
ここではそれが、蒸し返されている。
 
弓子や美玖は、そんなことはとうてい信じられない。とくに弓子は、嫌悪感をむき出しにする。

「持っていたグラスをカンと大きな音を立ててガラステーブルに置き、弓子は立ち上がった。
『ごめん、ユリ。あんたと友達ではいられない。あんたみたいな人を見てるのが苦痛。私はぬくぬくとした家庭の中で自分と家族を守りながら生きていきたい。あんたみたいに、訳の分からないものと戦ってる人、見てるだけで辛い』」
 
そう言って、怒りを表明するために、弓子はリビングのドアを強く閉めた。
 
弓子は、エリが亭主を殺したことを信じていない。
 
後に残った美玖も、ひとしきり議論した後、ユリの生き方が納得できなくて、帰ろうとする。
 
そのときユリが誘う。

「『冷凍庫の中、見ていく?』
 美玖はギョッとした顔をした後ふふっと笑い、『だから、ユリが何者であってもいいってば』と焼酎を飲み干した。そろそろ出勤の時間だから行くねとスマホをバッグに入れ立ち上がる。」
 
美玖もまた、ユリが亭主を殺したことを、信じてはいない。
 
私は本当に残念だと思う。「冷凍庫の中、見ていく?」と聞かれたとき、なぜ「うん」といえなかったのか、と著者そっちのけで、小説が自律的に、別の方向へ進んでいくことを願ってしまう。
 
美玖と弓子が、ユリの亭主殺しを信じないうちに、小説は終わりを迎える。
 
それはそうだ。もし冷凍庫の中を見ることになったら、何もなければ、作品は予定通り終わりを迎える。しかし、もし亭主の死体があれば、小説はしっちゃかめっちゃかになる。
 
私としては、次はそういうものを読みたい。とっぴな譬えだが、夏目漱石の『行人』のように、全体の構成はめちゃくちゃになっても、場合によっては編集者が命がけになっても、金原ひとみの魂の叫びが読みたい。

(『fishy』金原ひとみ、朝日新聞出版、2020年9月30日初刷)
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何よりも文体――『fishy』(4)

果たしてユリとは何者なのか。男とのセックスで、象徴的な場面が顕われる。

「上げていた足とつま先立ちになっていた足が限界を迎え攣りそうと思った瞬間、首に腕回してと言われて両腕を回す。もう片方の足も腕にかけ、駅弁の形でベッドに舞い戻る。激しいピストンの中で足を絡ませ腰を押し付けながら、私の名前は何だったっけと考える。声を上げながら自分が限界を迎えていることに安堵する。」
 
激しいセックスの場面だが、ここで一箇所だけ、「私の名前は何だったっけ」、という1行が挟んである。
 
セックスの頂上場面だから、そこを強調する意味で、そういうことを描いたのだろう、と思いがちである。私も一度目は、そういうふうに読んでいた。
 
では、それに続く場面はどうか。

「そうだ、あの体位は『立ち鼎(かなえ)』だ。でもじゃあ私は誰だっただろう。下腹部に温かい性液を受け止め、肩で息をしながら天井を見上げて思う。もう大丈夫かな、と拭き取った私の下腹を触って確認する壮太に大丈夫と呟く。手渡されたティッシュ二枚で性器と周辺を拭うと、やはり性器を拭き取った壮太が隣に横になった。」
 
絶頂は過ぎて、2人は余韻を楽しんでいる。そこでもやはり、私は誰だったのか、という疑問が挟まれている。

「episode2」の最後、「ユリ」の最後の場面は、ユリと壮太が裸で寄り添うところだ。

「私は壮太の差し出す腕に頭を乗せて壮太に背を向ける。彼の両腕がしっかりと私を後ろから包む。
『また寝れそうや』
『私も』
 そう呟くと、その私が誰なのか分からないまま、私は目を閉じた。」
 
セックスの絶頂を迎えたその後も、ユリはついに、私が誰だか分からなくなってしまうのだ。
 
じつはユリの話は、どこまでが本当のことか、読者だけでなく、途中から弓子にも美玖にも、分からなくなってしまう。
 
こういうのは、著者が最低限のルールを破っているようで、私はゾワゾワして、落ち着かなくなる。そうでしょう、なりませんか。
 
こういうのは解離性なんたらかんたら、という病名が付けられていそうだが、それをそう呼んでみたって、何を解決したことにもならない。
posted by 中嶋 廣 at 09:04Comment(0)日記

何よりも文体――『fishy』(3)

28歳の美玖は不倫がばれて、相手の奥さんから、150万円の慰謝料を請求されている。万事休した美玖は、ガールズバーで目いっぱい働いて返そうとする。真面目なものである。
 
いつかは小説を書きたい美玖は、3人の中では、いちばん有為転変があり、しいて言えば希望がある。美玖は最終章で結婚までしてしまう。
 
それにしてもこの3人は、じつによく議論を交わす。「三人の議論する女」、とタイトルを替えたいくらい、意見を戦わす。しかもそれぞれが、決して妥協しない。
 
だからしばしば気まずくなって、喧嘩別れに近いかたちで解散することになる。しかしそれっきりにはならない。
 
こういう「議論する小説」は、日本では珍しいから、編集者もオビを書くのは大変である。

「友愛でも共感でもなく、/この刹那を愉しむ女たち」(オビ表)は、かなり苦し紛れで、強いて言えばまったくの勘違いだと、私は思う。

弓子や美玖は、とくに美玖は、刹那の快楽に身をゆだねることは稀にはあれど、弓子やユリと議論しつつ、誠実に生きようとしている。「友愛でも共感でもなく、」というのはその通りだが、後半のところが違うのだ。

でもそれが、「たしかな真実を求めて議論を戦わす」ではオビにならないし、これは本当に、編集者が一週間、寝ないで考えるべきところなのだ。
 
問題は、弓子や美玖のようには、議論が同じ水準にはならない、ユリの場合だ。ユリの各節は、弓子や美玖の場合とは、文章の性質が違う。

「episode 3」に、ユリが電車の中で痴漢に遭う場面が出てくる。

ユリは痴漢にやりたいようにやらせておいて、機を見て爆発的に反撃する。

「男のこめかみの辺りから血が滴り落ちているのを見て、自分の中の血という血が竜巻のように湧き上がっていくのを感じる。自分が制御不能に陥っていくのが分かった。パンプスの先で股間を蹴りつけるとうめき声が上がり、男が股間を両手で庇ったためガラ空きになった顔を蹴りつける。『お前の住所探し出して絶対に殺してやる!』『私を触ったことを一生後悔させてやる!』『この私を!』『よくもこの私を触りやがったな!』『ゴミ! カス! 一刻も早く死ね!』怒鳴り散らしている内に身体中が興奮に戦慄〔わなな〕いていることに気づく。」
 
自分で自覚しているが、どうすることもできない。それどころか、ますますエスカレートしていく。

「バッグを漁ってサンプルファイルに張り付けてある長方形のタイルをべりっと剝がすと右手に握り馬乗りになって力任せに男の側頭部に打ち付ける。ピっと血しぶきが上がり私の手にかかる。『痴漢の血が私にかかった!』『よくも私に血をかけたな!』『この痴漢が!』助けて! と叫び起き上がろうとする男の首の付け根にもう一度、肩にもう一度、顔を覆う腕にもタイルを振り下ろす。『誰か! 助けて!』頭にぶっ刺してやりたい!」
 
しかし駅員が来るのを見て、はっとする。これは過剰防衛だ。
 
しかし金原ひとみは、ここまで書かずにはいられなかった。著者が制御できなくなっている、あるいは頭にぶっ刺す直前で、かろうじて踏みとどまっている、としか私には思えない。
posted by 中嶋 廣 at 00:14Comment(0)日記

何よりも文体――『fishy』(2)

この3人の中ではいちばん年長の弓子が、一見通俗的な話を作る。

男の子が2人いて、出版社でまじめに仕事をしている。しかしとことん真面目であるゆえに、夫はうんざりし、女をつくり、離婚したがっている。

弓子は何とかして、夫を繋ぎ留めたい。

「『あなたと二人の子供との生活、楽しかったです』
 少しでも罪悪感を抱いてもらいたいという気持ちもあったけれど、本心でもあった。〔中略〕
『俺はずっと弓子といるのが苦痛だったよ』
 私の最後の望みは裏切られた。
『自分を愛していない女性との生活を共にするのは辛かった』
 あなたの言う愛ってなに? 私があなたを愛していなかったという根拠は? あなたは私といてずっと辛かっただけなの? 僅かだったかもしれないけど幸福な時間は私たちの間に家族の間に存在していたはずでしょう?」
 
しかしそういう疑問は、言葉にはならない。そうして夫は去っていく。

「今全てが間抜けだった。受験、就職、仕事、結婚、妊娠、出産、育児、PTA活動、子供の受験、会社の労働組合、じっくりと真面目なもので埋め尽くしてきた私の人生というオセロが、取り逃がした角を取られ最後の最後で一面真面目から滑稽にひっくり返ったようだった。」
 
弓子は刹那的に死にたいと思う。死にはしないけれど、その淵まで行く地獄を味わう。
 
ところが終わり近くまでいくと、夫は帰ってくる。

新しい女と暮らしてみると、支配欲が強すぎて、とても暮らせないという。結局、女房のところがいちばん落ち着くという。
 
しかし、めでたしめでたしとはならない。ここから最後の逆転が始まる。

「結局のところ、私にとって夫とは何なのだろう。帰ってきて欲しいと思っていたその気持ちは、例えば歯が抜けて食べ物が食べづらいしその周りの歯がぐらついてきてどうにかしてその穴を埋めなきゃいけないけど、他のものを入れるのは面倒だしサイズ調整するのも面倒臭いし色の差が出ちゃうのも嫌だから、やっぱり元の歯を入れたい。みたいなことだったのだろうか。」
 
思わず唸るほどうまい。そうかあ、年月を経た夫または妻は、長年なじんだ、義歯に等しいのか。なるほどなあ。
 
しかしそこから、もう一歩踏み込む。セックスの場面だ。

「そうだった、この人は前戯もそこそこに挿入する人だった。セックスの最中、顔を舐める人だった。キスをする時唾液を飲ませる。首筋も脇も舐める。そんなに強くしたら垂れるとこっちが焦るくらい強く胸を揉み、痛いくらい強く乳首を摘む。体位変更が乱暴で毎回どこかが強く擦れたりぶつかったり髪が抜けたりする。終始無言。覆い被さる時本当に全体重をかけてくる。苦しくて私は咳き込む。特に何の断りも言葉掛けもなく、無言で射精する。精液は拭かない。」
 
こういう性交が弓子は好きではない。

「私たちがレスになった理由が全て詰まっているセックスだった。」
 
そうして弓子は行きつくところまで行く。

「私は今、夫のことがあまり好きではないのだと初めて自覚していた。その自覚は、彼の寝息がいびきに変わり、本当に耐え難いうるささになって手を解き頭から布団を硬く被った時、私はどうして、この人と絶対に離婚しないとあそこまで強く心に決めていたのだろうという疑問にようやく変わった。」
 
これはじつは、性の不一致がもたらすことではない。そうではなく、その不一致を言葉にあらわさず、核心のところを呑み込むところに原因がある。

弓子はセックスに限らず、核心のところを言葉にしない。そうしてなんとか、うわべを繕って生きている。なによりも本人が、そのことを骨の髄まで知っている。
posted by 中嶋 廣 at 10:47Comment(0)日記