楽譜のような、詩のような――『味なメニュー』(2)

大手町の東京サンケイビルの前が、ランチタイムになると、色とりどりのキッチンカーが並んで、ちょっとしたお祭りのようになる。

「会社の近くの空き地に『アジアンランチ』の赤いキッチンカーが停まりはじめて以来、お昼はここに決めているという編集者の知人は、『ハーブやスパイスが利いていて、昼に本格的なエスニック料理を食べられるから得した気分になります。僕、もう大のお得意様ですよ』。」
 
全然知らなかった。もともと会社の近くの決まったレストランで、日替わりのランチを食べるだけだった僕は、そんなところへ出かけることはなかったが。でも今は、猛烈に後悔している。

編集者のK氏は、ここ数年、同じ店で昼飯を食べたことがないという。編集者は好奇心旺盛であらねばならない、ということを今ごろ悟ったってもう遅い。

今回の「味なメニュー」は、
  
  インドネシア  バリ島のエッグカレー
  タイ  パットプリックゲンバー  ドンムアンから空輸した珍しい「生の胡椒」と
      豚バラと森の野菜の炒めもの
  タイ  パットノーマイ  現地タイのぶっかけ屋台に行けば必ずある! 竹の子春
      雨
  タイ  1000年の歴史のある古都チェンマイの鶏のハーブ和え
  パキスタン  グリーンカルダモンマトンキーマカレー
 
この5種類から3種類選んで、これで700円。しかもメニューは、日によってガラッと変わる。

「アジアンランチ」の社長、山口健司が妻とキッチンカーを始めたのは、90年代半ば。その後売り上げが伸び、キッチンカーを増やして、スタッフを雇うようになり、現在は社員37人、キッチンカーは20台に増えた。

そして素晴らしいことに、厨房で料理を担当するのは、アジア各国から集まったスタッフたちだ。
 
山口社長は言う。

「わたしは、アジアと出合い、『お金がなくても人間って幸せになれる部分がある』と教わって人生観が変わりました。『アジアンランチ』の料理が、そんな入り口になれればいいなという気持ちでやっています」。
 
この本には章によって、かつサンドもあれば、立ち食いソバもある。スタンドのフレッシュジュースもあれば、お茶漬けも、ホットケーキも、豚まんもある。
 
でも移動販売の店は、ここだけだ。つまりここには、客がなければキッチンカーはなく、店はない。
 
時はコロナの真っ盛り、3日前から1都3県に緊急事態宣言が発令されており、飲食店は午後8時閉店である。その代わり協力金として、1日6万円が支給される。
 
しかしキッチンカーはどうなる。
 
もちろん、この本の他の店の「味なメニュー」も、風前の灯火であろう。しかしそれでも、その上で、キッチンカーの「アジアンランチ」が気にかかる。そのために参集してきた、アジア各国の若い料理人たちは、一体どうなるのだろう。

(『味なメニュー』平松洋子、新潮文庫、2018年12月1日初刷、25日第2刷)
posted by 中嶋 廣 at 14:54Comment(0)日記