村上春樹「訳者あとがき」の謎――『「グレート・ギャツビー」を追え』(1)

『ザ・ファーム 法律事務所』『ペリカン文書』のジョン・グリシャムのミステリーを、村上春樹が訳した。タイトルは『「グレート・ギャツビー」を追え』。
 
八幡山の啓文堂で、もっとも目立つところにこの本が置いてあり、これを見て見ぬふりをして通れというのは無理である。『「グレート・ギャツビー」を追え』を追え!
 
例によって「訳者あとがき」から読んだが、これは村上さんの策略に、まんまと引っかかった。そもそもどこから読むか、精確に当たりをつけている(いやあ、本当に楽しいぜ)。

「二年ほど前、ポーランドを旅行しているとき、途中で読む本が尽きてしまった。それでクラクフの街の書店にふらりと入って、英語の本が並んだコーナーを物色していたら、たまたままだ読んだことのないジョン・グリシャムのペーパーバックが目についた。」
 
タイトルは『カミーノ・アイランド(Camino Island)』と言う素っ気ないものだったが、村上さんは裏表紙の惹句を読んで、買わない手はないと思った。
 
そこには、こんなことが書いてあった。

プリンストン大学の警戒厳重な地下金庫から、スコット・フィッツジェラルドの長編小説、全5作の原稿が盗まれ、強盗団の首謀者は原稿とともに忽然と姿を消した。難事件に挑むのは、スランプ中の新進女性作家、マーサー・マン。
 
村上さんはこの本を買い求め、すぐに読み始めた。「そしていったん読み出したら止まらなくなった。そんなわけで、雨の降りしきる緑豊かな五月のポーランドを旅しながら、脇目もふらずグリシャムのミステリーに読みふけることになった。」
 
ここを読んだら、かならず全編を読み通すだろう。なにしろ「雨の降りしきる緑豊かな五月のポーランドを旅しながら、脇目もふらず」に、この本に集中していたのだから。
 
また、こういうところもある。

「いずれにせよ一度読み出したら、ページを繰る手が止まらなくなってくるはずだ――と推測する。少なくとも僕はそうだった。」
 
二重にダメ押しをしている。村上春樹にここまで保証されたら、もうどうしようもない。よしんばたいしたことのない小説でも、堪能し満足しそうだ。それがグリシャムの新作だから、もういうことはない。
 
そこで初めにかえって、「第一章――『強奪』」を読む。

5人の強盗団が、いわゆるフイッツジェラルド文書、長編5作の原稿を、プリンストンの金庫から鮮やかに盗み取る。
 
なんて鮮やかな出だしなんだ。
 
ところが第二章からは、様相が違っている。
posted by 中嶋 廣 at 17:47Comment(0)日記