村上春樹によるメッセージ、ではない――『猫を棄てる――父親について語るとき』

村上春樹の『一人称単数』を、親子関係の自伝と間違えて買った話は、そのときに書いた。
 
で、『猫を棄てる』である。『文藝春秋』で読んだときには、とうとう村上さんも、私小説を書くようになった、自分の出自を書くようになったのだ、とがっかりした思いがあった。
 
今度単行本になったときは、それはそれとして、戦争を経験した人のことは、肉親として書いて置きたかったんだな、と妙に納得して読んだ。
 
村上春樹の父、千秋は戦争に行った。そして大陸で、中国人の捕虜を処刑した。そういう話を親子でしたことは、一度だけある、と村上さんは言う。

「この時期、中国大陸においては、殺人行為に慣れさせるために、初年兵や補充兵に命令し、捕虜となった中国兵を処刑させることは珍しくなかったようだ。」
「無抵抗状態の捕虜を殺害することは、もちろん国際法に違反する非人道的な行為だが、当時の日本軍にとっては当たり前の発想であったようだ。だいいち捕虜をとってその世話をしているような余裕は、日本軍戦闘部隊にはなかった。」

「父」が戦場のことを語ったのは、このとき一回きりである。

その体験は「僕」に引き継がれ、だから「僕」はこういうものを書いた。

しかし本当はそこに、複雑な親子の関係があった。

「僕が若いうちに結婚して仕事を始めるようになってからは、父との関係はすっかり疎遠になってしまった。とくに僕が職業作家になってからは、いろいろとややこしいことが持ち上がり、関係はより屈折したものになり、最後には絶縁に近い状態となった。」
 
そういうことがあるんだ。

「二十年以上まったく顔を合わせなかったし、よほどの用件がなければほとんど口もきかない、連絡もとらないという状態が続いた。」
 
信じがたいことだが、村上春樹の名前が大きくなればなるほど、親子はより疎遠になったのだ。
 
父は90歳、村上春樹は60歳近くになってから、かろうじて和解の真似事をした、あくまで真似事だ。
 
だからこの本を書いた。そうせざるを得なかったのだ。
 
ただ、「村上春樹のメッセージ」としては書きたくなかった。

「歴史の片隅にあるひとつの名もなき物語として、できるだけそのままの形で提示したかっただけだ。」
 
それでこういう本になった。

(『猫を棄てる――父親について語るとき』村上春樹
 文藝文藝春秋、2020年4月25日初刷、6月5日第4刷)
posted by 中嶋 廣 at 00:25Comment(0)日記