面白い、でも眉に唾――『チョンキンマンションのボスは知っている――アングラ経済の人類学』(1)

著者の小川さやかは、気鋭の文化人類学者。この本は、2020年の大宅壮一ノンフィクション賞に選ばれ、続けて河合隼雄学芸賞にも選ばれた。
 
大宅壮一ノンフィクション賞と、河合隼雄学芸賞の交わるところに、どんなものが生まれるのか、ついつい興味がわいてくる。

「おわりに」のあとがきを読むと、春秋社の編集者、篠田里香さんが担当している。
 
篠田さんは、むかし何度か会ったことがある。編集者や著者、新聞記者などが、2ヶ月に一度くらい集まって、「ムダの会」というのをやっていた。
 
何をしていたかというと、「ムダの会」の名に恥じず、ただ、酒を飲んでダベっていたのだ。
 
講談社の鷲尾賢也氏が中心にあって、お元気なころで、僕は法蔵館を経て、トランスビューを立ち上げたころだった。
 
そのころは、まだ毎日新聞におられた奥武則氏や、筑摩書房の井崎正敏氏が談論風発し、今は編集界の大立者になっている幻冬舎新書の責任者、小木田順子さんもおられた。
 
その後、小木田さんや僕は、「ムダの会」発行で、年に2回、『いける本・いけない本』を作ったりしていた。

この会は、僕のような小出版社にいる人間にとっては、実に勉強になるところで、それは本当に、はかり知れないくらいだった。
 
その会に、篠田里香さんも来たのだった。篠田さんはそのころ、『母が重くてたまらない――墓守娘の嘆き』(信田さよ子)という本で、ヒットを飛ばしていた。僕は、そのタイトルのセンスに唸った。
 
いま『チョンキンマンションのボスは知っている』のあとがきを読むと、著者の小川さやかは、「チョンキンマンションのボス」というタイトルで、連載をしたいと言ったのに対し、篠田さんは、『チョンキンマンションのボスは知っている』という、「意味深な言葉が追加されたタイトルを提案」したのだった。

篠田さん、なかなか冴えてるね。
 
小川さやかは、「彼〔=ボス〕のことを思い浮かべると、あれもこれも出たとこ勝負だし、驚くほど適当だし、怠け者だし、格好つけたがりだし、『あれ、彼って何を知っているんだっけ。実は何にも考えていなかったらどうしよう。ヤバい、うっかり主人公にしてしまった』とちょっぴり後悔もしながら、最後に何もひねり出せなくても、彼と彼の仲間たちが魅力的であることだけは伝えようと思って書いてきた。」
 
上手いものだ。こんなふうに書かれたら、勢い込んで本文を読まざるを得ない。
 
そのすぐ後に、こんな文章もある。

「香港の魔窟チョンキンマンション、インフォーマル経済、アフリカ系ブローカー、セックスワーカー、地下銀行など、本書のキーワードを並べると、実にあやしげだ。」
 
これは、あとがきから先に読む、たとえば僕に向かって、最高の呼び込みの文句だ。
 
わくわくしながら、眉にほんのわずかに唾をつけて、読んでいこう。
posted by 中嶋 廣 at 09:37Comment(0)日記