藤井聡太はどこから来たのか?――「藤井聡太と将棋の天才。――Number9/17」(3)

「渡辺明、敗北の夜を越えて」と、先崎学のエッセイだけを、優れたものとして取り上げたが、ほかにも愉しい記事はいくつもある。
 
まず巻頭の、「藤井聡太、天翔ける18歳」。
 
藤井は、棋士のデビュー戦で、加藤一二三に勝った。

「直後から29連勝への狂騒が始まる。望外、僥倖、茫洋、奏功、幾年、白眉、拘泥。語られる言葉はメディアの標的となった。」
 
そうだよなあ。それで、大山15世名人の生まれ変わりだ、という説が、有力になったのだ。
 
今は大山名人ではなくて、江戸時代の天野宗歩の生まれ変わりだ、と言われている。大山康晴よりも、スケールが大きいのだ、よくわからないけど。
 
天野宗歩は、「実力十三段」と言われ、後に棋聖と呼ばれるようになる。現在の棋聖戦のタイトルは、ここに由来する。
 
記事の最後の方は、藤井について、こんなふうに締め括られている。

「頂点に立ってなお、誰よりも謙虚だった。どんな時も笑みを絶やさず、負の感情を示さない態度は世界や人間への根源的な肯定とも思えた。」
 
そうなのである。棋聖戦で、3勝1敗で渡辺明に勝ったときも、王位戦で、4勝0敗で木村一基に勝ったときも、ただひたすら謙虚なのである。
 
自分が気づいてない手を指されました、と言うだけではない、所作のいちいちが参考になりました、という(袴を着た姿が、何よりも似合っているのは、藤井聡太だというのに)。
 
それにしても、いちいちの所作が、参考になったというのは、これはどうも変である。
 
そこで、藤井は地球星人ではないのではないか、という疑惑が浮上してくる。そうではなくて、別の惑星からやってきた、将棋星人なのではないか。
 
将棋星人の王子、藤井聡太が、地球上にある八つの宝(八大タイトル)をかっさらって、地球から去ってゆく、という話である。
 
だから、地球防衛軍も渡辺明・豊島将之を総大将に、総力戦で頑張らなければ。

これはつまり、そのくらい藤井とほかの棋士が、実力でかけ離れている、ということなのだ、信じられないことだけれど。

インタビュー記事、「木村一基、受け師は何度でも蘇る」(北野新太・文)では、木村の印象に残る一言がある。

「まだ整理はついてないです。藤井さんに4発も食ったことは。一生懸命やったつもりですけど、相手に比べると取り組む姿勢も何か甘かったのかもしれない。」
 
10代の挑戦者に向かい、完膚なきまでに倒されておいて、なおこの謙虚さ。

ここではもちろん、木村の人格の高さを誉めるべきなのだが、ただ藤井聡太とやると、みな謙虚になり、将棋に対して今一度、必死で精進することを誓うのである。
 
対局が終わり、報道陣がなだれ込んでくる。何人かの記者が質問する。それはおおむね、答えにくく、またはつまらないことだ。
 
それに対して藤井は、できる限り誠実に、相手との対話が成り立つように、深いところから考えて話す。
 
それは、普通の日本人の話し方とは、まったく違う。昨今の政治家の、木で鼻をくくったような話し方とは、真逆である。
 
あるいは、上辺だけの話し方上手の実用書や、人は見た目が9割という下らない教え、そういうものとは正反対のところに、藤井はいる。
 
これはいったい、どういうことなのだろう。
 
そこで私は、大胆極まりない説を立てることにする。それは、藤井聡太は今よりも文明の進歩した、未来の国からやってきた、というものである。
 
藤井は、天野宗歩の生まれ変わりでもなければ、将棋星人でもない。遠い未来からやってきた、この世界への贈り物なのだ。
 
だから将棋を知らない人たちにも、たちまち興奮は伝わり、その真価は、はっきりと分かるのである。

(「藤井聡太と将棋の天才。――Number9/17」、文藝春秋、2020年9月3日発売)
posted by 中嶋 廣 at 09:48Comment(0)日記