前提を変える――『生命式』(6)

「パズル」は、自分は建築物だ、という感覚を持つОLの話。これは、リアルであることが難しい話だが、作者はそれを、いとも軽々と乗り越える。

「立ち並ぶビルの間をヒールで進みながら、早苗は、自分がこのビルの一つである感覚が拭えなかった。
 コンクリートたちの灰色のグラデーションを見ていると、小さい頃住んでいた団地を思い出す。早苗はその頃から、自分のことを団地の一棟であると感じていた。」
 
要するに「早苗」は、自覚する限りでは、生命体ではない。ではなんだと問われたら、「団地の一棟」、つまり建築物だと答えるほかない。
 
だから「早苗」は、生命体に憧れを持っている。

「溜息をついた同期の女の子の口の奥で唾液が光を反射しているのが見える。生命体は泉のようで、そこからさまざまな液体が湧き出すのだ。唾液もそうだし、尿、血液などの液体、口からは内臓の臭気が染み込んだ空気が噴出し生臭さが漂っている。その一つ一つが、早苗が排出するとどうしても生々しさがないものばかりだった。」
 
自分が建築物かどうかは別にして、この生命体に憧れるのは、村田沙耶香のごく自然な成り行き、正直な告白ではないか、というふうに、思わず信じてしまう。
 
なお表題の「パズル」は、以下のような理由に依る。

「早苗は確かに異世界で暮らしているかもしれないが、この世界と彼らが内臓ではなく人間である世界は、少しも違和感がなく共存できるのだ。まるでパズルがぴったりとあわさるように、二つの世界の住人は共に暮らすことができるのだ。」
 
こういう感覚は、文章の上にしか存在しない。これが文學だなあと、本当に感嘆してしまう。
 
次の「街を食べる」も面白い。これは文字通り、街に生えている草を食べる話で、しかし主人公のОLは、わずかな野生の草を調理して食べる間に、変貌を遂げる、という話だ。
 
最後の「孵化」は、自分が流されて、周りの人間にとって、都合のいい人になっているという話。

「私には性格がないのだ。
 あるコミュニティの中で『好かれる』ための言葉を選んで発信する。その場に適応するためだけに『呼応』する。ただそれだけのロボットのようなものだったのだ。」
 
これは結婚騒動を含めて、徹底的に戯画化してあるけれど、振り返って自分を見れば、特に若いうちは、けっこうありそうな話だ。
 
以上、短篇集『生命式』をざっとみた。どの一篇も、村田沙耶香の毒が効いており、類のないものだ。
 
私はやはり文学に、滋味だとか、希望だとか、絶望だとか、軽妙さとか、重厚さとか、可哀想な話とか、エロチックな話とか、……を求めたいので、村田沙耶香のような、一箇所必ずとんでもなく変な設定で、そしてそれを受け入れる話は、ざらっとしていて、好きではない。というか、好き嫌いを超越している。
 
しかしそれでも、今回読んでしまったものは仕方がない。これを機会に、同じ作者の小説を、次々に読むかと問われたら、それは勘弁してと言わざるを得ない。

でも、多分ときどきは、村田沙耶香の作品を読むだろう。そういう中毒性は、忘れたころに蘇ってきて、書店の棚に気がつけば手が伸びている、そういうことは大いにありそうだ。

(『生命式』村田沙耶香
 河出書房新社、2109年10月30日初刷、11月30日第2刷)
posted by 中嶋 廣 at 00:11Comment(0)日記