前提を変える――『生命式』(4)

3作目の「素晴らしい食卓」は、姉が、妹とその婚約者、そして婚約者の両親を招いて、会食する話である。これがなかなか、村田沙耶香にふさわしく、ゾッとさせる。
 
一人称で話を展開させるのは姉。その姉には夫がいて、彼は「ワンランク上の生活」にあこがれている。

「私と夫の食事は、ほとんど通販サイトハッピーフューチャーで買ったものだ。冷凍野菜がキューブになったものが入ったスープに、フューチャーオートミール。フリーズドライのパンとサラダ。宇宙食を思わせる数々の食品を、向かい合って口に入れていく。」
 
こういう食生活を送るにあたっては、夫に主義主張がある。

「ハッピーフューチャーフードは、『次世代の食事』をあなたの食卓にもお届けします、というコンセプトの通販サイトで、海外セレブがこぞって利用していることで話題になった。夫はすっかりこの通販サイトにはまっていて、今では我が家の食卓は、ほとんどハッピーフューチャーフードのサイトで注文したものだ。」
 
つまり夫は徹底した俗物であり、姉は、その俗物性がどこまで行くのかを、半分笑いながら見ている。
 
一方、妹は、「自分の前世は魔界都市ドゥンディラスで戦う超能力者」ということで、この日は、料理の腕を振るうことになっている。

「朝早く、妹はたくさんの食材をぶらさげて家にやってきた。
『たんぽぽ、どくだみ……これが今日の食材?』
『うん。魔界に生えている薬草っていう設定なの』
『こっちの缶詰は?』
『それは魔界の地下街で闇取引されている食べ物っていう設定』
 妹の食材には全て設定がついていた。」
 
ここまでくれば、もうお分かりだろう。

婚約者の男は、「僕はお菓子とフライドポテトが大好きだ。できればそれを一生食べていたい」という。

義理の両親は、婚約者の妹がしつらえる、「魔界都市ドゥンディラス」の食べ物が、口に合わない場合も考えて、周到に準備してくる。

「紙袋から取り出したのは、びっしりと虫が詰まった瓶だった。白い小さな芋虫のようなもの、それよりもう少し大きめの別の芋虫、そしてプラスチックの入れ物に入っているのはイナゴだろう。」これはあざとくも、田舎の年寄りの「典型」だろう。
 
全部が並んだところで、婚約者の男は高らかに宣言する。

「これこそが、僕が今日、見たかった光景なんです。」
 
個人主義の究極が、夫婦が別々のものを食べる、ということなのだ。

村田沙耶香は、そういうことを戯画化して描くのが、本当にうまい。
 
最後に、姉の夫が、異文化交流会議から帰ってきて、会食に加わる。

「夫の口の中で、魔界都市ドゥンディラスのパンと、芋虫と、ハッピーフューチャーフードの食品と、ペプシが混ざり合っている。私も吐き気がこみあげて、思わず目を背けたくなった。」

「ワンランク上の生活」に憧れる夫は、今日の異文化交流の講演に、たちまち影響され、テーブルの上にあるものを、どんどん咀嚼していく。
 
そして最後は、

「『なんて素晴らしい食卓なんだ! おいしいなあ!』
 私たちは化け物を見る目で、手の中の食材に齧り付く夫を見つめ続けている。」
 
ここでは、村田沙耶香は、最後は読者の方に、身を寄せているように見える。
 
でも本当は違う。村田沙耶香は、人と同じ暮らしをしながら、できれば「魔界都市ドゥンディラス」の食べ物を、是非とも食べてみたい、と思っているに違いない。
posted by 中嶋 廣 at 00:18Comment(0)日記