前提を変える――『生命式』(3)

次の「素敵な素材」は、もうすぐ結婚するカップルのうち、男の方は、人体を衣服や装飾品に使うのは、倫理にもとるという考えを持ち、それで二人の間に波風が立つ話だ。
 
時代はもう、男の方が圧倒的少数だ。
 
主人公の女が、女友達ふたりと、午後のお茶をしながらおしゃべりしている。

「私はティーカップを弄びながら、小さな声で言った。
『うーん……でもね、彼が、人毛の服、あまり好きじゃないの』
 アヤが目を見開いて、不可解そうに言った。
『え、なあにそれ? どういうこと? 意味わかんない』
『私にもちょっと理解できないんだけど、人毛だけじゃなくて、人間を素材にしたファッションやインテリアが、あんまり好きじゃないみたいなの』」
 
女性は、特に若い女は、こういう調子だ。
 
それに対して男の方は、こういうふうに弁明する。

「僕には皆が何でこんな残酷なことを平気でしているのか、どうしてもわからないんだ。猫も犬もウサギも、そんなことは絶対にしない。普通の動物は仲間の死体をセーターやランプになんかしないんだ。僕は正しい動物でいたいだけなんだ……」
 
このあと紆余曲折があって、男はだんだん自信がなくなる。

「……なんだか、わからなくなってしまったんだ。……皆が言うように、人間が死後に素材になって、道具として使われるということは、素晴らしくて、感動的なことなんだろうか……」
 
男は未知の、新しい領域を、手探りしつつ、混迷の中をさまよっている。

それに対して、女の方は迷いがない。例えば次の場面。

「向こうに並んでいるダイニングテーブルの上には、頭蓋骨を逆さにして作った皿が並べられている。天井からは、ミホがお勧めだと言っていた、人間の爪をうろこ状にした上品なシャンデリアがぶら下がっている。筒の形に並べられた爪の奥から、ピンクと黄色の中間のような温かい光が漏れていて、本当はあんなシャンデリアの下で、頭蓋骨のお皿にとっておきのスープを入れてナオキと一緒に食卓を囲むことができたらどんなに幸福だろうと思う。」
 
ここには人体、人骨を利用して、日常の細々したことを、まかなうということについて、いささかの疑いもない。

「自分もまた、素材であるのだということ、死んだあとも道具になって活用されていくということ。そのことが、尊くて素晴らしい営みだという想いは、やはり自分の中から打ち消すことができないのだった。」
 
これはそのまま読めば、けっこう感動的ではある。
 
しかしどうも、作者が手放しで、素晴らしいこととして書いている事柄は、よく考えてみると(考えてみなくとも)、やっぱりゾーっとしてしまう。
posted by 中嶋 廣 at 09:34Comment(0)日記