ゴーンとは何者か?――『ゴーンショックー日産カルロス・ゴーン事件の真相ー』(5)

僕はここで、はたと当惑してしまう。

「ゴーンが問題として強調したのは検察による取り調べのあり方だった。 
 検察官は当初から、『あなたは有罪だ。白状しなさい』と迫ってきたという。
『彼らは真実を見つけようとしているのではない、とすぐに気づいた。彼らが尋ねてくることは検察の主張をより強固にするためのものでしかなかった。』」
 
これ、どういうこと? 検察って、何をするところ?
 
犯人と思われる人を取り調べるのと、それはひとまず置いといて、真実を探求しようとするのでは、全く違うではないか。
 
いったいどちらが、本当の検察だろう。日本では、「絵に描いたところに落とす」のが、検察官の仕事だとされている(こういう手垢のついた、陳腐な言い方をするでしょ)。
 
そのため罪を認めないと、えんえん保釈にはならない。それで日本の場合は、人質司法だといわれて、先進国の間では、まことに評判が悪い。
 
この検察の問題は、著者である朝日の記者に、正解を示してほしかったなあ。
 
ほかの点でも、日本の裁判は評判が悪い。

「あるとき、ゴーンは弁護士に尋ねたという。
『いったい、これ〔裁判の前の公判前整理手続き〕はどれくらい時間がかかるのですか』
 その答えに、ゴーンは衝撃を受けたと振り返る。
『残念だけれど、5年はかかるかもしれない。』」
 
これは、なんぼなんでもひどい。これでは仮に、無罪を勝ち取ったにしても、その間、裁判で忙殺されるのであれば、ほとんど処罰されているのと同じことだ。

「しかも、日本では有罪率は99・4%にのぼる。『すべてのことが、私が公平に扱われないということを示していた。あと4~5年は普通の生活を送れないのだと。自ずと、導かれる結論はこうだった。「日本で死ぬか、出ていくか」』」。
 
それで、出ていくことにしたのだ。
 
これは理路整然とした話だ。ただ、実行しようとしても、ゴーン以外には、誰もできなかった。

「第4部 ゴーン逃亡」があるおかげで、このノンフィクションは、実に立体的な構造になった。だから何度読んでも、そのたびに細かいところが浮き出てきて、実に面白い。

「あとがき」にも、興味深いことが書いてある。この本は、幻冬舎の編集者が熱意をもって、強力に出版を奨めることがなければ、世に出なかったろうという。

その過程で、「取材班を励まし、原稿に適切な助言をいただいた」とある。朝日の記者、十余人に叱咤激励を飛ばし、強力に引っ張っていった編集者がいたのだ。
 
そうであれば、この編集者の次の仕事は、もう決まっている。

今度はゴーンが英語、またはフランス語で書く『ゴーン、カム・バック!』、または『アイル・ビー・バック』(いずれも仮題)の日本語版を出し、そしてもし可能であれば、それを同時発売してほしい。
 
またゴーンの「懐かしい日本のみなさんへ」という一文を、日本の読者のために、ぜひ取ってほしい。それでこそ、この時代を代表する幻冬舎の、大向こうを唸らせる出し物ではないか。
 
なおこの本の、本づくりの点で、オビにやや疑問がある。新刊のインパクトを与えるために「孤独、猜疑心、金への異常な執着/カリスマ経営者はなぜ/「強欲な独裁者」と化し、/日産と日本の司法を食い物にしたのか?」という、強烈なリードを書いたと思うのだが、ここはやっぱり、〈ゴーンとはいったい何者か?〉という線で行ってほしかった。
 
そうでないと、「日本の検察官や日産が言うことを、盲目的に信じることはしないでほしい」と、ゴーンが言った意味は、ないではないか。
 
これは売るための問題であって、難しいところだけど。
 
それにしても『ゴーンショック』を読んで、俄然ゴーンに興味がわいた。もう一、二冊読んでみよう。

(『ゴーンショックー日産カルロス・ゴーン事件の真相ー』
 朝日新聞取材班、幻冬舎、2020年5月15日初刷)