解釈はどちらに?――『月日の残像』(1)

朗読も、ローテーションを回しているだけだと、退屈してくる。たまには目先の変わったものを、取り上げたくなる。
 
で、山田太一の『月日の残像』を読む。
 
これは大正解だった。朗読していくと、山田太一の文章が、自然に立ってくるのである。屈曲の鮮やかな、しみじみした文章が、出血した脳の再建に、そのまま役立っているのが分かる、という気がしてくる。
 
こういうのは、実際に朗読して見なければ、分からないことだ。
 
この本は、新潮社の『考える人』に連載された、エッセー集をまとめたものだ。
 
これを妻の田中晶子が聞いていて、ときどき注釈を加えてくれる。妻も脚本家だから、その注釈は痒い所に手が届く、なかなか味のあるものだ。
 
ところが「土の話」という一篇で、二人の意見が分かれてしまった。エピソードの解釈が、真っ二つに分かれてしまった。
 
あるとき山田太一に、映画監督の巨匠、今村昌平から電話が架かってくる。

「横浜放送映画専門学院というものをつくることになり、そこでテレビドラマの脚本のゼミを一つ持ってくれないか、というお話であった。いま新百合ヶ丘にある日本映画大学の母体である。
 教える資格があるかどうかと口から出かかったが、今村さんからのお話を断るなんてできないという思いが強くて、電話の前でお辞儀をしたりして受けてしまった。」
 
それで、会ったことのない今村昌平に会いに行き、挨拶をし、それから事務の人の案内で、××号教室で、二人のシナリオライターと打ち合わせをすることになった。
 
ここで、ちょっとした事件が起こる。

「『えーと、ここで打ち合せをするようにいわれて、来ました。ゼミを一つ受持つことになった山田です。よろしくお願いします』と通常の挨拶をすると、
『知らねえよ』と一人の高名なライターが喧嘩腰なのである。『ここは映画のシナリオの打合わせなんだ。テレビのことなんて知らねえよ。勝手にやってくれよ』」
 
まあテレビの初期にはよくあったらしい。いや、今だってそれに近い人はいるらしい。これは田中晶子に聞いたことがある。
 
このとき、山田太一はどうしたか。

「『いえ、あ、その、それじゃあ』と私はうろたえたようになって、すぐ廊下へ出てドアを閉め、エレベーターの方へ向いながら、まったくこういう咄嗟の攻撃にピシリと格好いいことをいい返せないのは教養がないからだ、と情けなくて、どこをどう歩いたのか(というほど複雑でもなく駅はすぐだったのだが)、気がつくと電車に乗っていて、『あのテレビに対する反感は分かるよなあ』と思いはじめていた。」
 
でさて、このあと山田太一は、シナリオのゼミの先生を、引き受けたのかどうか、というのが疑問の焦点である。
 
僕は当然、山田太一は、今村昌平の前で引き受けるといったのだから、気分の良くない一件はあったが、それはそれとして、ゼミは引き受けたと思っていた。
 
ところがこれに対し、田中晶子は、絶対に引き受けてはいない、と主張する。山田太一は、人間の心理をどこまでも探る、奥の深い、複雑な人だが、最後に自分の矜持は、絶対に守る人だという。
 
うーん、これはどっちだろう。
posted by 中嶋 廣 at 12:35Comment(0)日記