愉しかった「前世」の記憶――『新宿ゴールデン街物語』

呑み屋の「ナベサン」を張っていた渡辺英綱、通称「ナベさん」が、どっぷり浸かったゴールデン街の、いろいろな顔を物語る。
 
と言っても、渡辺英綱はもういない。2003年に56歳で他界している。
 
僕がゴールデン街に足を踏み入れたのは、40年ほど前。その頃、ナベさんは元気だった。
 
僕は出版社に入ってから、ゴールデン街にときどき通った。

学校を出て就職したが、その出版社は2、3か月で倒産してしまい、だからゴールデン街へも、ときたま以外は通えなかったのだ。

いま巻末の「ゴールデン街店舗リスト(1986年当時)」で見ると、よく通った店は、「しの」、「唯尼庵(ゆにあん)」、「青梅雨(あおつゆ)」、「まえだ」、「あり」、「ひしょう」などである。
 
ここにはまた、終戦直後の面白い話が載っている。

「そこでは金魚酒や三味線うどんなどと呼ばれるものも売られていた。金魚が泳げるほどアルコールが薄い酒、三味線のように三本しか器に入っていないうどんという意味である。」
 
これは初めて聞く言葉だ。でもまあ、そんなことはどうでもいい。
 
その後、俗に「青線」という売春地帯となり、売春禁止法以後は、飲み屋街になった。
 
僕はゴールデン街もよく行ったが、そこから少し外れたところにある、「アンダンテ」や「英(ひで)」にもよく通った。しかしどちらも、今はもうない。

脳出血になる前は、週に3日、4日は飲んでいた。病気した後は、まったく飲まないし、夜は外に出かけることもない。というか、出かけられない。
 
それで、この本を読んだりしている。
 
読んでいると、僕のゴールデン街との付き合いなどは、いかにも浅いものだが、それでも場面によっては、まざまざと光景がよみがえる。
 
そして、ああ、前世は前世で、いろいろなことがあったなあと、つい感慨に耽ったりする。
 
思い出話をするようになれば、もう終わりだとは、よく言われることだ。だから思い出話は、これ以上はしない。
 
僕の前世の記憶として、自分で心の中で、愉しんで転がしていればいいのだ(ん? そういうのも禁じ手かな)。

とにかく、これはそういう本である。

(『新宿ゴールデン街物語』渡辺英綱、講談社+α文庫、2016年11月17日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 09:29Comment(0)日記