私もまた近似値、か?――『時間は存在しない』(5)

時間とは何か、という問いを立てたのは、著者の知る限りでは、あのアリストテレスである。
 
アリストテレスは、「時間とは変化を計測した数である」と言った。
 
これはどういうことかというと、「事物は連続的に変わっていくのだから、その変化を計測した数、つまり自分たちが勘定したものが『時間』なのだ。」
 
これではどうもわかりにくい。そこで問いの立て方を変えてみる。

「では、今かりに何も変わらなければ、何も動かなければ、時間は経過しないのか。」
 
これに対して、アリストテレスは、驚くべきことに、「何も動かなければ、時間は経過しない」と考えている。

「何も変わらなければ、時間は流れない。なぜなら時間は、わたしたちが事物の変化に対して己を位置づけるための方法、勘定した日にちと関連づけて自分たちの位置を定める手段なのだから。時間は変化を計測したものであって、なにも変化しなければ、時間は存在しない。」
 
こういうことなのだが、これでもなお分かりづらい。

そこでもう一方の、計るものが何であれ、時間はそんなことと関係なく存在している、という考え方を取り上げてみよう。
 
これはニュートンが考え出した方法である。
 
ニュートンは日にちなどを計測した時間とは別に、どんな場合も全く無関係な「本物の」時間が存在すると考えた。
 
それは私たちが、どこでどんなことをしていても、あるいはしてなくても、一定の長さで流れているはずのものだ。

「この概念は、徐々にわたしたち全員の見方となった。世界中の学校の教科書を通じてわたしたちに浸透し、やがて広く時間を理解する術となり、ついには常識となった。だが、事物やその動きから独立した一様な時間が存在するという見方が、いくら今日のわたしたちにとって自然なことに思えたとしても、それは、太古からの人類の自然な直感ではなかった。ニュートンが考えたことだったのだ。」
 
それは本当に知らなかった。一人、ニュートンの考えたことが、地球上を覆うなんて、考えてみれば、なかなか凄いことだ。
 
アリストテレスとニュートンは、時間に関しては、まったく逆のことを主張したのだ。そして軍配は、この数百年の間、ニュートンに上がっているように見えた。

「なぜなら『事物とはまったく無関係な時間』という概念にもとづくニュートンのモデルのおかげで近代物理学を構築することができたからで、その物理学はひじょうにうまく機能した。こうして、時間は揺るぎなく一様に流れる実体として確かに存在する、と考えられるようになった。」
 
ところが、そうではなかったのだ。
 
時間は伸び縮みし、そして最新の成果では、存在しない!
 
しかしその前に、アリストテレスとニュートンの時間を統合した、アインシュタインの話がある。
posted by 中嶋 廣 at 17:14Comment(0)日記