書物快楽主義者の幸福な伝記――『龍彦親王航海記ー澁澤龍彦伝ー』(6)

礒崎純一の『龍彦親王航海記』には、いかにも編集者から見た澁澤像があって、面白い。

澁澤は生きているときは、「人気有名作家なるカテゴリーからはほど遠い人物で、まだまだ世間的には、知る人ぞ知るマイナー作家のチャンピオンとでもいった存在だった。著書の文庫本などは一冊もない。実際、〈ビブリオテカ澁澤龍彦〉の各巻の初版部数も、三千部から四千部といった程度である。澁澤本人の口からも『普通の単行本はだいたい三千部くらいなもの』と聞いた記憶があるけれども、この数字は、当時私が編集者としてつくっていたマイナーな外国文学の翻訳書の部数と比べても、どんぐりの背くらべなのである。」
 
これはそういうものだと思う。1990年代の前半くらいまでは、まともに作った単行本は、どんなに売れなくとも、3000部は捌けると言われていた。考えてみれば、牧歌的ないい時代だったわけだ。
 
そういう時代に、桃源社や、現代思潮社や、青土社といったところの出版人、編集者と、心行くまで本づくりを楽しむことができたのは、やはり著者として、無類の魅力があったのだろう。
 
澁澤のほとんどの本が文庫になり、それが何万、何十万と売れ、さらに海外で翻訳が出版されている今とは、隔世の感がある。
 
澁澤も、「そりゃあ大手出版社の方が原稿料はいいけどさあ、自分の作品をよく知ってくれている編集者がいる、小さな出版社と仕事する方がやっぱりいいよね」、と話していた。
 
著者は編集者として、次のような疑問も浮かんだ。澁澤家の家計は、正直なところ、どうであったのか。
 
この質問を、龍子夫人にしてみた。

「澁澤の場合、雑誌なんかに書いた原稿が必ず単行本にもなるので、私が結婚して以降なら、同年代のサラリーマンの平均なんかに比べても多いくらいの収入があったわよ。そういう意味で、経済的に困ったということはないわね。」
 
そもそも澁澤は、贅沢な人ではなかった。
 
種村季弘は、出口裕弘との対談で語っている。

「澁澤は『根本的にはやはりストイックに人だったと思いますよ』、『お金ってものはいらない人じゃないですか』と言い、一方の出口も『あの人はいわゆる遊びをしない人だしね』と答えている。」
 
このあたりは、脳出血から後の、二度目の生をおくる私と、ほとんど同じである。お金は、半身不随なので全然使わない、というか使えない。キャッシュレスの最先端を行く。もちろん本を読む以外に、遊びも全然やらない。
 
ただ澁澤の場合は、生活全体が、隅々まで遊びに満ちていた、とも言えるのである。
posted by 中嶋 廣 at 09:24Comment(0)日記