思わず口ずさみたくなる――『ラストダンスは私にー岩谷時子物語ー』(1)

岩谷時子は、初め宝塚歌劇団の出版部に入り、その後、越路吹雪のマネージャーを続け、一方、作詞家として一世を風靡した。
 
僕は、この人をよく知らなかった。一昨年、テレビ朝日の昼オビで、『越路吹雪物語』を放映し、そのとき越路吹雪のマネージャーとしての、彼女を知ったのだ。
 
ちなみにそのときは、木南晴夏が岩谷時子を演じたのだが、いま本書の口絵に載っている写真を見ると、二人はよく似ている、そっくりである。
 
僕は、岩谷時子に急速に惹かれていくと同時に、木南晴夏のファンにもなってしまった。
 
村岡恵理のこの本は、力作である。読んでいるときは、なぜこんなに、岩谷時子の内面に入って行けるのだろう、と不思議だったが、「あとがき」を読んで、克明に付けられた日記があることがわかった。
 
もちろん日記をどう踏み台にしたかは、難しいところがあるのだが、そういうことも含めて、とにかく読み物として抜群に面白かった。
 
岩谷時子は、遠縁に詩人の千家元麿がいる。もちろん、だから作詞家として大成した、とは言えないけれど。
 
また従兄には、「日本を代表する人文地理学の学者」、飯塚浩二がいて、岩谷は飯塚がフランスへ留学するとき、神戸港まで見送りに行っている。
 
岩谷時子は、そういう家系の人である。
 
越路吹雪が、宝塚から外に向かって、飛翔するのに従って、岩谷も、マネージャーとして、活躍の場を広げていった。
 
作詞はほんの偶然だった。最初はシャンソンの訳詞だった。プロに頼めば金がかかる。越路吹雪から、あなた、やってよ、と言われたのだ。

岩谷時子は、これにハマった。

黛敏郎のピアノを伴奏に、エディット・ピアフの『愛の讃歌』の訳詞を付けていくところは、とりわけいい。

「脳裡にはステージの中央、スポットライトの中の越路の姿が浮かんだ。マイクをゆったりと口元に運ぶ。
『あ…なた…の燃える手で……』
 前奏に身を委ねていると、ふっと、突然何かが降りて来たように、無意識のうちに時子の口元から言葉がこぼれ始めた。
『わたし…を抱きしめて……ただふ…たりだけで…生きていたいの』
『そのまま続けて』
 ピアノの音色に押し出されるように言葉が続いた。」
 
この歌は、カラオケで何度も歌った。もう店には行けないけれど、それでも思わず口ずさみたくなる。
posted by 中嶋 廣 at 12:25Comment(0)日記