鍛え上げられた文体――『時に佇つ』(3)

ここまで僕は、短篇の筋をなぞって、あらすじを書く、ということをしていない。この作品の場合には、そういうことをしても、意味はないと思うのだ。
 
まわりを埋めることによって、書かれていない中心を際立たせる、ということを、どういうふうにすれば、わかってもらえるだろうか。
 
書かれない中心を、書くことによってわかってもらう、ということは不可能だ。
 
だからその不可能を、不可能であるということにおいて、納得してもらう以外に、方法がない。
 
講談社文芸文庫には、巻末に懇切な「解説」がついている。ここでは小林裕子という人が、「解説 沈黙の論理と恥の倫理」と題して、力編を寄せている。

「いくつかの短編の表現を検討してみると登場人物の沈黙、あるいは寡黙さだけではなく、文体自体が或る意味で寡黙なのに気が付く。或る意味で、というのは全体的に万遍なく寡黙というわけではなく、部分部分において、その寡黙さが目立つような文体、語られなかった空白の部分を、読者に強く意識させるような文体なのだ。」
 
そういうことなのである。
 
あるいはまた、こうも言える。

「作者のもっとも言いたいことが、地の中に図として明示される。というよりも、むしろ周辺から地を埋めていき、最後に中心に空白として残る何かとして示される。そのような凝縮された空白、凝縮された沈黙がここには見られるのである。」
 
佐多稲子を読んだことのない人には、最初からちんぷんかんぷんだと思うが、しかしこれでも、分かる人には分かってもらえるか、という気もする。
 
こういう作品を書くときの佐多稲子は、「解説」を書いた小林裕子によれば、こんなふうだ。

「時の流れのまっただ中に佇みながら、『記憶』という、水底に沈む石を重石として、自分を過去に繫ぎ、過去にさかのぼろうとする者。この小説の女主人公『私』は、こんなイメージで読者の前に浮かび上ってくる。」
 
佐多稲子は、それにしても、いつごろから、こういう手法を身につけたのだろう。

まさか処女作のころから、こういう手法で書いていたわけではあるまい。

なによりも、中心を描かずに、それを浮き彫りにするには、中心に沿って、そこへ、圧倒的な文体をもって、迫っていかなければならない。

佐多稲子の、佐多稲子らしいところが、いつごろから表われてくるのか、これは自分で確かめるほかはあるまい。

(『時に佇つ』佐多稲子
 講談社文芸文庫、1992年8月10日初刷、1998年11月13日第2刷)
posted by 中嶋 廣 at 10:47Comment(0)日記