深いところから――『武蔵丸』(2)

兜虫を図鑑で見てみる。この日本昆虫図鑑は、どういう出版社のかは知らないが、文章がなかなか良くできている。そういうふうに車谷が思うのでなく、私が思う。

「兜虫はこがね虫科の昆虫で、別名、さいかち虫、自分の体重の百倍ものものを引く力を持っており、もぐり、けとばし、ぶちかまし、おしあい、つのあて、はねとばし、かかえあげ、てこあげ、などの技で遊び、併し目はほとんど見えず……」。
 
これはひょっとすると、車谷の創作昆虫図鑑ではないだろうな。「かかえあげ、てこあげ、などの技で遊び」というところが、いかにもおかしく、奥ゆかしい。
 
また車谷の文章で、こういうところもある。

「……その黒褐色の翅(はね)の輝きは、まるでストラディヴァリウスのヴァイオリンのようだった。」
 
私が兜虫を飼っていたのは、もう50年をはるかに遡る昔だが、ストラディヴァリウスのヴァイオリンのようだと言われると、その翅の輝きが、まざまざと蘇ってくる。

もちろん、ストラディヴァリウスと言われても、具体的に何を思い浮かべていいのかはわからないのだが。

途中に高橋順子の「兜虫の家」という詩が入っている。これが非常に良くて、思わず全文を引いてしまいそうになる。

考えてみれば、「武蔵丸」という車谷長吉の短篇に、高橋順子の詩を全編引くのはどうかとも思うが、夫婦だからいいのか。

しかしそれを、私が全編引くのは、さらにどうかと思われるので、ここでは最後の部分を引いておく。

「兜虫のしずかな時間が
 つれあいの強迫神経症の時間をひたす
『寿命はあと一カ月なんだ
 武蔵丸はそれを知らない』
『少し大きくなったみたい』

 兜虫がねむっている家で
 つれあいとわたしもねむる
                ――蟲息山房にて」
 
いつの間にか、夫婦はお互いを、「お父さん」「お母さん」と呼ぶようになっている。
 
そんなとき、江藤淳が自殺した。

「私達は子のない五十過ぎの夫婦である。子のない夫婦の悲劇は、平成十一年七月二十一日夜に自殺した江藤淳の死で思い知らされた。江藤淳は九ヶ月前に、妻・江頭慶子さんに先立たれ、妻恋い自殺のしたのだった。思えば、七月二十一日は武蔵丸がこの『蟲息山房』へ来て、三日目のことである。」
 
長吉・順子夫婦に、もう子はできない。そのかわりに、武蔵丸が発情した。ここも面白いけれども、引用はしない。
 
武蔵丸は盛んに発情し、精液を出し尽くすが、メスの兜虫がいないので、ただただ虚しいばかりだ。
 
武蔵丸は、6本の足のうち、5本の足先を失い、ぼろぼろになり、それでも11月20日まで生きて、死んだ。
 
車谷は、武蔵丸のことを、最後にこう書く。

「恐らく生涯独身、童貞であったであろう。」