「私」は昭和36年春、姫路西高校の入試に失敗し、そのあげく飾磨高校に回された。姫路地方には、公立私立合わせて14の高校があったが、世間の評価では、姫路西は一番上、飾磨高校は一番下であった。
私は、長吉の少しのちに、姫路の中学・高校に通ったのだが、私立の中・高一貫校だったので、高校入試に失敗したときのことは知らない。
しかし姫路西を失敗したものが、自動的に飾磨に入ることになるとは、面妖ではないか。
それはともかく、そういうふうになってしまったのだ。
「私は烈しい屈辱を覚えた。一つの苦痛が軀の中にうずくまった。受け容れたくない現実を、受け容れざるを得ないところへ追い詰められたのである。」
これは、かなり強烈な経験だったようだ。
とんなに嫌な経験でも、慣れるということがあるが、長吉の場合は高校入試の失敗が、ついに終生のトラウマになった。
「何か悪夢の中に自分が生きているような気がした。十五歳の春である。のちになって考えて見ると、私は現実剥離を起こしていたのである。」
この現実剥離は、大学を出てもついて回った。
「その時、ただ一つ信じることの出来た現実は、いまにおいてもなお、生々しく私の中に息をしている苦痛だった。これだけが、私のただ一つの生きるよすがとなった。無論、苦痛は七年前の苦痛だけではない。幼少期以来、私の身に沁みたすべての苦痛が、絶えざる現在として、立ち上がって来た。この精神過程は今日においても、基本的には何も変っていない。」
こう見てくると、高校入試の失敗は、必然的なものだ、という気にもなる。
またこの本で言えば、「白痴群」で、なぜ子供時代を書かねばならないか、が分かる。
近親者に5人の自殺者を出した車谷長吉は、文学によって以外は、救われない人だったのである。
しかし「私」は、その高校で、「立花得二先生」に出逢った。
「他に類を見ない、鬱然たる魂を秘めた、魅力的な人だった。魅力の魅は、魑魅魍魎の魅である。生きながらにして、すでに死者となった人の魅力である。」
そんな人が現実にいたのだ。
「似たような人としては、夏目漱石の小説『こゝろ』の『先生』以外には思い当たらない。」
そこで、まったく類を見ない人だということが、読者の頭に刻み込まれる。
深いところから――『武蔵丸』(3)
この短篇集はどれも優れている。
最初の「白痴群」は、子どものとき、親戚にもらわれていったことを、書いたものだ。
ここに出てくる「佐伯の伯母」と、その子供で同年代の「久美ちゃん」というのが、いかにも都会じみていて、おかしい。
もちろん、嫌な親子ではあるのだが、しかし突き放しては書いていない。
というかここでは、「私」も含めて、「白痴群」なのだ。
あるとき、久美子が「私」に、風船を膨らましてくれ、と頼む場面がある。
「『もうええかあ?』
『いや、久美子がいいって言うまで、って言ったでしょ、もっと大きく』
私はやけ糞になって空気を入れた。
……
『まだよ、もっともっと大きく』
私はもう死んでもいいような気になって、もう一度ぐーんと吹いた。自分の頭蓋骨の方が爆発しそうだった。久美ちゃんは両の耳に栓をしていた。」
いかにも私小説といった具合に進んでゆくのだが、それでも、「自分の頭蓋骨の方が爆発しそうだった」というところは、久美ちゃんの両方の耳に栓、というところがあるので、よけい引き立っている。
もちろん、伯母の家に貰われていっても、自分の主張は、そこで人知れずおこなっている。
「伯母の、『は、まあなんですか、よく存じ上げませんけれども、わたくしどもでは……』という風な隠微な言葉遣いの裡に含まれる、人に敬語を強制するような生活態度には、自分の体温の芯が冷えて行くような、どうしても馴染めないものがあった。」
日本の伝統小説である私小説の、王道を行く感じだ。
特に言葉の問題で、「自分の体温の芯が冷えて行くような」、と体温に換算しているところ、たまりません。
しかし、あまりに私小説、それだけのものと言えば、言える。
それよりも、次の「狂」が面白い。
まず書き出しの1行が読ませる。
「平成二年七月二十四日朝、私の父・車谷市郎は播州飾磨の家で狂死した。」
その経緯を事細かに書く。
「……昭和六十年夏、長い間、軀の中にひそんでいた結核菌がふたたび活動を開始し、肺結核に罹病、喀血、青野ヶ原結核病院に収容された。が、医者に見捨てられ、自宅療養中、結核菌が脳に上って、気が狂うたのだった。」
これが公式の記録だが、家族の者は、人間の裏側までも見せられるような思いをしている。
「狂気してのちの父は、一日十八時間、家の中で毛物(けもの)のような声で喚き、みずからの糞尿を壁に投げ付け、……私が東京から見舞いに帰ると、無論、倅が帰って来たことには気づかず、母の間男が家の中に入って来たと思うて怒り、泣き、そのざまはまことに無慙を極めた。そういう日が六年続いた。」
ちょっと言葉がない。
しかし、書き出しの一ページで、すでに山場を迎えると思いきや、これは導入で、「狂」の主人公は、狂い死にした父のことではない。
最初の「白痴群」は、子どものとき、親戚にもらわれていったことを、書いたものだ。
ここに出てくる「佐伯の伯母」と、その子供で同年代の「久美ちゃん」というのが、いかにも都会じみていて、おかしい。
もちろん、嫌な親子ではあるのだが、しかし突き放しては書いていない。
というかここでは、「私」も含めて、「白痴群」なのだ。
あるとき、久美子が「私」に、風船を膨らましてくれ、と頼む場面がある。
「『もうええかあ?』
『いや、久美子がいいって言うまで、って言ったでしょ、もっと大きく』
私はやけ糞になって空気を入れた。
……
『まだよ、もっともっと大きく』
私はもう死んでもいいような気になって、もう一度ぐーんと吹いた。自分の頭蓋骨の方が爆発しそうだった。久美ちゃんは両の耳に栓をしていた。」
いかにも私小説といった具合に進んでゆくのだが、それでも、「自分の頭蓋骨の方が爆発しそうだった」というところは、久美ちゃんの両方の耳に栓、というところがあるので、よけい引き立っている。
もちろん、伯母の家に貰われていっても、自分の主張は、そこで人知れずおこなっている。
「伯母の、『は、まあなんですか、よく存じ上げませんけれども、わたくしどもでは……』という風な隠微な言葉遣いの裡に含まれる、人に敬語を強制するような生活態度には、自分の体温の芯が冷えて行くような、どうしても馴染めないものがあった。」
日本の伝統小説である私小説の、王道を行く感じだ。
特に言葉の問題で、「自分の体温の芯が冷えて行くような」、と体温に換算しているところ、たまりません。
しかし、あまりに私小説、それだけのものと言えば、言える。
それよりも、次の「狂」が面白い。
まず書き出しの1行が読ませる。
「平成二年七月二十四日朝、私の父・車谷市郎は播州飾磨の家で狂死した。」
その経緯を事細かに書く。
「……昭和六十年夏、長い間、軀の中にひそんでいた結核菌がふたたび活動を開始し、肺結核に罹病、喀血、青野ヶ原結核病院に収容された。が、医者に見捨てられ、自宅療養中、結核菌が脳に上って、気が狂うたのだった。」
これが公式の記録だが、家族の者は、人間の裏側までも見せられるような思いをしている。
「狂気してのちの父は、一日十八時間、家の中で毛物(けもの)のような声で喚き、みずからの糞尿を壁に投げ付け、……私が東京から見舞いに帰ると、無論、倅が帰って来たことには気づかず、母の間男が家の中に入って来たと思うて怒り、泣き、そのざまはまことに無慙を極めた。そういう日が六年続いた。」
ちょっと言葉がない。
しかし、書き出しの一ページで、すでに山場を迎えると思いきや、これは導入で、「狂」の主人公は、狂い死にした父のことではない。
深いところから――『武蔵丸』(2)
兜虫を図鑑で見てみる。この日本昆虫図鑑は、どういう出版社のかは知らないが、文章がなかなか良くできている。そういうふうに車谷が思うのでなく、私が思う。
「兜虫はこがね虫科の昆虫で、別名、さいかち虫、自分の体重の百倍ものものを引く力を持っており、もぐり、けとばし、ぶちかまし、おしあい、つのあて、はねとばし、かかえあげ、てこあげ、などの技で遊び、併し目はほとんど見えず……」。
これはひょっとすると、車谷の創作昆虫図鑑ではないだろうな。「かかえあげ、てこあげ、などの技で遊び」というところが、いかにもおかしく、奥ゆかしい。
また車谷の文章で、こういうところもある。
「……その黒褐色の翅(はね)の輝きは、まるでストラディヴァリウスのヴァイオリンのようだった。」
私が兜虫を飼っていたのは、もう50年をはるかに遡る昔だが、ストラディヴァリウスのヴァイオリンのようだと言われると、その翅の輝きが、まざまざと蘇ってくる。
もちろん、ストラディヴァリウスと言われても、具体的に何を思い浮かべていいのかはわからないのだが。
途中に高橋順子の「兜虫の家」という詩が入っている。これが非常に良くて、思わず全文を引いてしまいそうになる。
考えてみれば、「武蔵丸」という車谷長吉の短篇に、高橋順子の詩を全編引くのはどうかとも思うが、夫婦だからいいのか。
しかしそれを、私が全編引くのは、さらにどうかと思われるので、ここでは最後の部分を引いておく。
「兜虫のしずかな時間が
つれあいの強迫神経症の時間をひたす
『寿命はあと一カ月なんだ
武蔵丸はそれを知らない』
『少し大きくなったみたい』
兜虫がねむっている家で
つれあいとわたしもねむる
――蟲息山房にて」
いつの間にか、夫婦はお互いを、「お父さん」「お母さん」と呼ぶようになっている。
そんなとき、江藤淳が自殺した。
「私達は子のない五十過ぎの夫婦である。子のない夫婦の悲劇は、平成十一年七月二十一日夜に自殺した江藤淳の死で思い知らされた。江藤淳は九ヶ月前に、妻・江頭慶子さんに先立たれ、妻恋い自殺のしたのだった。思えば、七月二十一日は武蔵丸がこの『蟲息山房』へ来て、三日目のことである。」
長吉・順子夫婦に、もう子はできない。そのかわりに、武蔵丸が発情した。ここも面白いけれども、引用はしない。
武蔵丸は盛んに発情し、精液を出し尽くすが、メスの兜虫がいないので、ただただ虚しいばかりだ。
武蔵丸は、6本の足のうち、5本の足先を失い、ぼろぼろになり、それでも11月20日まで生きて、死んだ。
車谷は、武蔵丸のことを、最後にこう書く。
「恐らく生涯独身、童貞であったであろう。」
「兜虫はこがね虫科の昆虫で、別名、さいかち虫、自分の体重の百倍ものものを引く力を持っており、もぐり、けとばし、ぶちかまし、おしあい、つのあて、はねとばし、かかえあげ、てこあげ、などの技で遊び、併し目はほとんど見えず……」。
これはひょっとすると、車谷の創作昆虫図鑑ではないだろうな。「かかえあげ、てこあげ、などの技で遊び」というところが、いかにもおかしく、奥ゆかしい。
また車谷の文章で、こういうところもある。
「……その黒褐色の翅(はね)の輝きは、まるでストラディヴァリウスのヴァイオリンのようだった。」
私が兜虫を飼っていたのは、もう50年をはるかに遡る昔だが、ストラディヴァリウスのヴァイオリンのようだと言われると、その翅の輝きが、まざまざと蘇ってくる。
もちろん、ストラディヴァリウスと言われても、具体的に何を思い浮かべていいのかはわからないのだが。
途中に高橋順子の「兜虫の家」という詩が入っている。これが非常に良くて、思わず全文を引いてしまいそうになる。
考えてみれば、「武蔵丸」という車谷長吉の短篇に、高橋順子の詩を全編引くのはどうかとも思うが、夫婦だからいいのか。
しかしそれを、私が全編引くのは、さらにどうかと思われるので、ここでは最後の部分を引いておく。
「兜虫のしずかな時間が
つれあいの強迫神経症の時間をひたす
『寿命はあと一カ月なんだ
武蔵丸はそれを知らない』
『少し大きくなったみたい』
兜虫がねむっている家で
つれあいとわたしもねむる
――蟲息山房にて」
いつの間にか、夫婦はお互いを、「お父さん」「お母さん」と呼ぶようになっている。
そんなとき、江藤淳が自殺した。
「私達は子のない五十過ぎの夫婦である。子のない夫婦の悲劇は、平成十一年七月二十一日夜に自殺した江藤淳の死で思い知らされた。江藤淳は九ヶ月前に、妻・江頭慶子さんに先立たれ、妻恋い自殺のしたのだった。思えば、七月二十一日は武蔵丸がこの『蟲息山房』へ来て、三日目のことである。」
長吉・順子夫婦に、もう子はできない。そのかわりに、武蔵丸が発情した。ここも面白いけれども、引用はしない。
武蔵丸は盛んに発情し、精液を出し尽くすが、メスの兜虫がいないので、ただただ虚しいばかりだ。
武蔵丸は、6本の足のうち、5本の足先を失い、ぼろぼろになり、それでも11月20日まで生きて、死んだ。
車谷は、武蔵丸のことを、最後にこう書く。
「恐らく生涯独身、童貞であったであろう。」
深いところから――『武蔵丸』(1)
脳出血のリハビリ用に、高橋順子『夫・車谷長吉』の、30数回目を朗読していると、それを聞いていた田中晶子が、「武蔵丸」を読んでみたいと言った。
高橋順子が、車谷長吉の中で、この作品がもっとも好きだ、と述べていたからだ。
私も初めて読んでから、およそ15年くらい経っているので、もう一度、読んでみた。
すると、まったく違ったふうに読めて、面白かったし、ちょっと意外だった。
高橋順子の『夫・車谷長吉』を、暗記するくらい読んだので、それを経由して、車谷の文章も、深く滲み透ってきたのかもしれない。
この本には短篇が6本、「白痴群」「狂」「功徳」「愚か者」「武蔵丸」「一番寒い場所」が入っている。
最初に「武蔵丸」を読んだ。
面白かったが、武蔵丸という兜虫(カブトムシ)を手に入れる過程で、家を買う話が事細かに書かれているのは、すっかり忘れていた。
最初に読んだときには、武蔵丸と長吉・順子夫妻のやりとりが面白くて、その他のことは吹き飛んでしまったらしい。
「驚いたことに、前住者の生活の必需品、箪笥とか洋服とか、机、椅子とか、本とか、その他有りとあらゆるものがまだそっくりそのままおいてあった。台所には猫の餌まで散らばっていた。要するに、今日の東京である家族がごく普通に生活していたところ、住人と猫と佛壇の位牌だけが抜け落ちたというたたずまいだった。」
つまり前住者は、夜逃げしたのである。こういう家は、ふつうは買わない。
「それにこの家は変な構造になっていて、部屋が十あるのはいいとしても、玄関が五つ、階段が三つ、厨(くりや)の流しが四つ、電気メーターが四つ、便所が二つ、あるのだった。つまり、家の中が奇怪な迷宮のようになっているのだった。併(しか)しそれでも私達は買うことにした。」
これはおまけに、図面に不備があるというので、不動産会社どうしで争いになった。
その当面の持ち主、産業廃棄物処理業のS(株)の担当者も、怪しい男だった。
とてもじゃないが、普通の不動産の取引ではない。しかしそれでも車谷は、この家は買い得だと判断し、取引を進める。
結局この家を手に入れて、数日たった頃、売り主の産業廃棄物処理会社のS(株)とはどんなところだろう、「何かあやしい」と興味を持ち、訪ねていくことにする。
「ところが、行って見てびっくり、不動産売買契約書に記してあるS(株)の所番地には木工所があり、その隣りは駐車場になっているのだった。」
つまり産廃会社、S(株)は、登記してある場所にはなく、税金逃れの抜け穴会社だったのである。
それで、呆然とした車谷長吉と高橋順子は、近くの舎人(とねり)公園を散策し、木の下で兜虫を捕まえるのである。
ここまでで、怪しい家を買うところと、後半の兜虫との交流が、なかなか鮮やかな対比をなしている。
高橋順子が、車谷長吉の中で、この作品がもっとも好きだ、と述べていたからだ。
私も初めて読んでから、およそ15年くらい経っているので、もう一度、読んでみた。
すると、まったく違ったふうに読めて、面白かったし、ちょっと意外だった。
高橋順子の『夫・車谷長吉』を、暗記するくらい読んだので、それを経由して、車谷の文章も、深く滲み透ってきたのかもしれない。
この本には短篇が6本、「白痴群」「狂」「功徳」「愚か者」「武蔵丸」「一番寒い場所」が入っている。
最初に「武蔵丸」を読んだ。
面白かったが、武蔵丸という兜虫(カブトムシ)を手に入れる過程で、家を買う話が事細かに書かれているのは、すっかり忘れていた。
最初に読んだときには、武蔵丸と長吉・順子夫妻のやりとりが面白くて、その他のことは吹き飛んでしまったらしい。
「驚いたことに、前住者の生活の必需品、箪笥とか洋服とか、机、椅子とか、本とか、その他有りとあらゆるものがまだそっくりそのままおいてあった。台所には猫の餌まで散らばっていた。要するに、今日の東京である家族がごく普通に生活していたところ、住人と猫と佛壇の位牌だけが抜け落ちたというたたずまいだった。」
つまり前住者は、夜逃げしたのである。こういう家は、ふつうは買わない。
「それにこの家は変な構造になっていて、部屋が十あるのはいいとしても、玄関が五つ、階段が三つ、厨(くりや)の流しが四つ、電気メーターが四つ、便所が二つ、あるのだった。つまり、家の中が奇怪な迷宮のようになっているのだった。併(しか)しそれでも私達は買うことにした。」
これはおまけに、図面に不備があるというので、不動産会社どうしで争いになった。
その当面の持ち主、産業廃棄物処理業のS(株)の担当者も、怪しい男だった。
とてもじゃないが、普通の不動産の取引ではない。しかしそれでも車谷は、この家は買い得だと判断し、取引を進める。
結局この家を手に入れて、数日たった頃、売り主の産業廃棄物処理会社のS(株)とはどんなところだろう、「何かあやしい」と興味を持ち、訪ねていくことにする。
「ところが、行って見てびっくり、不動産売買契約書に記してあるS(株)の所番地には木工所があり、その隣りは駐車場になっているのだった。」
つまり産廃会社、S(株)は、登記してある場所にはなく、税金逃れの抜け穴会社だったのである。
それで、呆然とした車谷長吉と高橋順子は、近くの舎人(とねり)公園を散策し、木の下で兜虫を捕まえるのである。
ここまでで、怪しい家を買うところと、後半の兜虫との交流が、なかなか鮮やかな対比をなしている。
ついふらふらと――『払ってはいけないー資産を減らす50の悪習慣ー』
こういう実用書の類は、めったに買わない。というか、初めて買った。
そこで、あーあ、買って馬鹿を見ちゃったよ、で終わらせずに、正面から書評することにする。
そもそも僕は、もう稼ぐことができない。障害年金で生活する以外に方法がない。
丁度そのとき、巷では年金以外に、老後の資金として、あと2000万円は要るということを、政府の諮問機関が答申した。
そんなことを言われても困る、というのが、日本人の大多数の意見だろう。
そういう議論をテレビ・新聞で喧しくやっているときに、八幡山の啓文堂に入ったら、この新書が一番目につくところに置いてあった。
この著者、荻原博子はテレビで見たことがあるぞ。そのときは、安倍首相の経済政策である「3本の矢」に対して、かなり強硬な反対意見を述べていた。
「世界がグローバル化するということは、私たちの生活にどんな影響を与えるのか、日銀の大規模金融緩和の失敗は、私たちの生活にどんな悪影響を与えるのか。生活を支える年金や社会保障システムは、どうなっているのか。
こうした大きなテーマを背景に、私たちは、日々、どうやって暮らしていけばいいのか、何を考え、何に注意していけばいいのかを、ここに網羅したつもりです。」
そういうことだ。でも実は、そういうことはほとんど書いてない。
はじめに大病院と、薬の処方箋の話が来る。読者は年寄りで、体のどこかが悪いに違いない。そこでまず体のことから入り、読者をワシづかみにしてしまおう、という編集者と著者の蓮っ葉な打ち合わせが、目に浮かぶようだ。
そういうどうでもいい話が延々続いて、「投資、資産運用」の項目では、金融機関が勧める商品は、すべて相手にとって都合の良いはずのものだから、手を出してはダメ、という話が来る。
よく考えると、それを1行貼っておけば、こんな本を読む必要はない。
しかしながら、ところどころ考えさせられることもある。
「マイナス金利政策の結果、それまで銀行を支えていた『お金を貸して利息を稼ぐ』というビジネススキームは完全に崩壊してしまいました。」
そのくらい銀行は困っているのだ。もはや銀行に打つ手はない。
それで種々の手数料を稼がねばいけないのだが、これもよほどの愚か者以外は、カモにはなるまい。銀行で売る投資信託などは、まったく論外だ。
また株式投資も、からくりを知ってしまえば、とてもまじめにはできない。これには公的資金が介入しすぎているのだ。
「日銀が株を買いまくってきた結果、ファーストリテイリング(ユニクロ)をはじめとしたかなりの会社の筆頭株主が日銀になったというとんでもない状況が生まれています。」
だから株主は、世界の経済情勢や、地球規模の気候変動に気を配る前に、安倍首相と黒田日銀総裁の、もうこれ以上、株は買い支えできない、というサインを、見逃してはいけないのだ。
でもそれって、「忖度(そんたく)」の世界そのものだけどね。
どっちにしても、だから株というのは、いい歳をした大人のやるものではない。
どちらにしても、この本は、頭から終わりまで、全く役に立たない。その役に立たなさの根本は、文章にある。
「もし投資がよくわからないとか、投資の必要性をあまり感じないというなら、金融機関にはあまり近づかないほうがいいかもしれません。」
文章の最後、こんなところでシュリンクしてどうする、逡巡してどうする。「金融機関には近づかないほうがいいのです」とするのが、当たり前ではないか。そういうところが、むやみやたらに目についた。
(『払ってはいけないー資産を減らす50の悪習慣ー』
荻原博子、新潮新書、2018年10月20日初刷、2019年1月20日第8刷)
そこで、あーあ、買って馬鹿を見ちゃったよ、で終わらせずに、正面から書評することにする。
そもそも僕は、もう稼ぐことができない。障害年金で生活する以外に方法がない。
丁度そのとき、巷では年金以外に、老後の資金として、あと2000万円は要るということを、政府の諮問機関が答申した。
そんなことを言われても困る、というのが、日本人の大多数の意見だろう。
そういう議論をテレビ・新聞で喧しくやっているときに、八幡山の啓文堂に入ったら、この新書が一番目につくところに置いてあった。
この著者、荻原博子はテレビで見たことがあるぞ。そのときは、安倍首相の経済政策である「3本の矢」に対して、かなり強硬な反対意見を述べていた。
「世界がグローバル化するということは、私たちの生活にどんな影響を与えるのか、日銀の大規模金融緩和の失敗は、私たちの生活にどんな悪影響を与えるのか。生活を支える年金や社会保障システムは、どうなっているのか。
こうした大きなテーマを背景に、私たちは、日々、どうやって暮らしていけばいいのか、何を考え、何に注意していけばいいのかを、ここに網羅したつもりです。」
そういうことだ。でも実は、そういうことはほとんど書いてない。
はじめに大病院と、薬の処方箋の話が来る。読者は年寄りで、体のどこかが悪いに違いない。そこでまず体のことから入り、読者をワシづかみにしてしまおう、という編集者と著者の蓮っ葉な打ち合わせが、目に浮かぶようだ。
そういうどうでもいい話が延々続いて、「投資、資産運用」の項目では、金融機関が勧める商品は、すべて相手にとって都合の良いはずのものだから、手を出してはダメ、という話が来る。
よく考えると、それを1行貼っておけば、こんな本を読む必要はない。
しかしながら、ところどころ考えさせられることもある。
「マイナス金利政策の結果、それまで銀行を支えていた『お金を貸して利息を稼ぐ』というビジネススキームは完全に崩壊してしまいました。」
そのくらい銀行は困っているのだ。もはや銀行に打つ手はない。
それで種々の手数料を稼がねばいけないのだが、これもよほどの愚か者以外は、カモにはなるまい。銀行で売る投資信託などは、まったく論外だ。
また株式投資も、からくりを知ってしまえば、とてもまじめにはできない。これには公的資金が介入しすぎているのだ。
「日銀が株を買いまくってきた結果、ファーストリテイリング(ユニクロ)をはじめとしたかなりの会社の筆頭株主が日銀になったというとんでもない状況が生まれています。」
だから株主は、世界の経済情勢や、地球規模の気候変動に気を配る前に、安倍首相と黒田日銀総裁の、もうこれ以上、株は買い支えできない、というサインを、見逃してはいけないのだ。
でもそれって、「忖度(そんたく)」の世界そのものだけどね。
どっちにしても、だから株というのは、いい歳をした大人のやるものではない。
どちらにしても、この本は、頭から終わりまで、全く役に立たない。その役に立たなさの根本は、文章にある。
「もし投資がよくわからないとか、投資の必要性をあまり感じないというなら、金融機関にはあまり近づかないほうがいいかもしれません。」
文章の最後、こんなところでシュリンクしてどうする、逡巡してどうする。「金融機関には近づかないほうがいいのです」とするのが、当たり前ではないか。そういうところが、むやみやたらに目についた。
(『払ってはいけないー資産を減らす50の悪習慣ー』
荻原博子、新潮新書、2018年10月20日初刷、2019年1月20日第8刷)