自由の風――『そばですよー立ちそばの世界ー』(3)

「港屋」のそばは開店以来16年間、味もメニューも不変である。
 
もり600円/海苔もり700円/胡麻もり700円/海苔胡麻もり800円/冷たい肉そば870円/温かい鶏そば870円
 
この六種類のみ、すべてつけそばである。

それにしても、立ち食いそばにしてはちょっと高い。これがどんな具合かというと。

「一杯のビジュアルにも、あっと驚く。頼んだ冷たい肉そばは、黒みがちの、見るからにぴんぴんの手強い麺。その上に刻み海苔のエベレストがそびえ立つ。丼いちめん、大量の白ごま、刻みねぎ、薄切りバラ肉の雲海。惜しげのなさを愛でていいのか、呆れていいのか、どっちにしても有無を言わさぬ迫力だ。」
 
それで結局、著者は思いあまってこう呟く。

「ええと、そばってこういう食べ物だったっけ?」
 
まあ、はっきり言って、こういうそばは食いたくない。でも、試しに一度は食してみたくもある。
 
というのは、店主の菊地剛志が、こういうことを言うからだ。

「ものづくりの一番大事なところは、売れる売れない、成功するしないじゃなくて、タマシイの入り方だと思う。ひとりの人間がつくったものにはタマシイの入り方においてかなわない」。
 
だから店主の菊地剛志は、ひとりで厨房に立って、「注文が入るたび、そばをゆで、冷水で締め、丼に盛り、刻み海苔をどかっとのせ、白ごまを振り……店主みずから完全ワンオペレーション。出来上がったそばをのせ、にこやかにトレイをお客に手渡すのも、店主みずから。」
 
ものづくりで一番大事なこと、それは売れるとか、成功するとかじゃなくて、タマシイの入り方じゃないか、という一言には、まったく痺れてしまう、特に本を作っている連中はそうだろう。
 
そしてさらに、追い打ちをかける。

「『そばをつくっているんじゃないと思っています。僕はそば屋ですが、そばを売ってるつもりはない』
 ほう。
『じゃあなにを売っているかというと、文化を売っている。』」

うーん、一度でいいから、「港屋」のそばを食べてみたい。と、こういうふうに思うわけですよ。
 
この本には、全部で25軒の立ち食いそばやが載っており、それぞれの最終ページに、店の外側の写真と、簡単な地図、そしてメニューが料金も合わせて載っている。

「各店末尾の情報ページについては、2018年11月現在のものに改定しています」とあるから、担当編集者は足で歩き尽くしたことだろう。
 
でもそのおかげで、各篇の最後のページで、つくづくメニューを眺めて、しばし舌なめずりしたのであった。

(『そばですよー立ちそばの世界ー』
 平松洋子、本の雑誌社、2018年11月20日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 09:09Comment(0)日記