詩人にして哲学者、そして大阪漫才師――『夏物語』(5)

「仙川涼子が、編集一筋、子供を持つことなんか脇道にそれるだけ、それよりも一緒にいい作品を作りましょう、というのに対し、小説家の遊佐リカは、女が子どもを持つことは、女の自由に任される、という立場や。
『「……ううんと長い目でみてさ」遊佐も笑って言った。「女がもう子どもを産まなくなって、あるいはそういうのが女の体と切り離される技術ができたらさ、男と女がくっついて家だのなんだのやってたのって、人類のある期間における単なる流行だったってことになるんじゃないの、いずれは」』
これはなかなか、きっぷのええセリフや」

「登場人物の中では、遊佐リカはいちばん先端を走っていそうで、おもわず同意してしまいそうになるね。
『「子どもをつくるのに男の性欲にかかわる必要なんかない」
 遊佐は断言した。
「もちろん女の性欲も必要ない。抱きあう必要もない。必要なのはわたしらの意志だけ。女の意志だけだ。女が赤ん坊を、子どもを抱きしめたいと思うかどうか、どんなことがあっても一緒に生きていきたいと覚悟を決められるか、それだけだ。いい時代になった」』
これは、生きていくことに意思を持つ女としては、非常に明確なセリフで、やっぱり、つい拍手したなるね」

「事実、夏子は、なんというか、ある種感動してしまうんや。
『「わたしも、そう思う」わたしは昂ぶる気持ちをおさえて言った。「そう思う」』
そこから、まだ長い道のりはあるけども、結局、夏子は、自分の意志を優先するかたちで、子どもを持つんや」

「しかしこのとき、仙川編集者の、遊佐リカに対する反撃が、夏子を鼓舞してすさまじい。
『「ねえ、しっかりしてくださいよ、夏子さん。子どもが欲しいなんて、なぜそんな凡庸なことを言うの。真に偉大な作家は、男も女も子どもなんかいませんよ。子どもなんてそんなもの入りこむ余地がないんです」』
まあこれはこれで、一方の極の言い方やな。子どもを持たず、すべてを仕事に打ち込んできた女としては、こう言いたなる気持ちはわかる」

「さらに言い募るところは、ど迫力や。
『「ねえ、リカさんの言うことなんか真に受けないで。リカさんはしよせんエンタメ作家ですよ。あの人にも、あの人の書くものにも文学的価値なんかないですよ。あったためしがない。誰にでも読める言葉で、手垢のついた感情を、みんなが安心できるお話を、ただルーティンで作っているだけ。あんなのは文学じゃないわ。文学とは無縁の、あんなのは言葉を使った質の悪いただのサービス業ですよ。でも夏子さんは違うーー」』
実際に編集者が、別の作家を出して、その人をあげつろうて、目の前の著者を持ち上げるってなことは、やらんやろ」

「まあ、あんまり聞いたことはないなあ。しかし、ギリギリのところに追い込まれたら、場合によっては、やるかもしれんな」
posted by 中嶋 廣 at 09:47Comment(0)日記