平和に耐えて――『令和を生きるー平成の失敗を越えてー』(1)

これは編集者のKさんからもらった。
 
半藤一利と池上彰という、背後に膨大な読者を抱えている二人の、対談集である。

それで『令和を生きるー平成の失敗を越えてー』とくれば、まず自分で手に取ることはない。

正直、あまり気が進まなかった。それでもKさんが、これをくれたということは、何か狙いがあるはずだ。

そう思って読んでいくと、意外や、けっこう面白い。

全体は八章からなっている。目次は僕の言葉で記した。

小選挙区導入で劣化した政治(第一章)
阪神淡路大震災・東日本大震災など相次ぐ災害(第二章)
原子力政策の大失敗(第三章)
ネット社会と全体主義(第四章)
カルトなオウムの暴発(第五章)
絶え間ない戦争(第六章)
日本経済の失われた三〇年(第七章)
揺らぐ天皇制(第八章)

元号は令和元年に変わったが、平成から持ち越した厄介な話題が、ざっと挙げても、これだけある。

それに加えて、たとえば、急激に日本人が減っているので、在日外国人を一定の割合で、日本人にしてゆくという、今や緊急の課題がある。

こう見てくると、令和を生きるのは、平成よりも、辛そうな気がする。

「原子力政策の大失敗」というのは、言うまでもなく、原発を廃止しなければいけないのに、それができないということである。

「半藤 他山の石としたドイツもイタリアも、えらいもんです。ところが当事国である日本の政治家どもは福島の大災害からまったく学んでいない。で、原発輸出に熱心になっている。原発問題は、平成が残した大課題だと思いますねえ。」
 
突飛なようだが、太平洋戦争末期の断末魔と、よく似ている。もうやめなければいけない、と分かっていて、ブレーキを利かせストップすることができない。それで結局、特攻隊にまで行き着く。
 
こういうことは、いくつもあるのではないか。

「池上 いわゆる核のゴミ、使用済核燃料をどうやって最終処分するかという問題もまったく解決の目処がついていません。」
 
こういうことは問題にしなくていい、そのまま突っ走ってしまえ、というのが、官僚制の最大の弱点なのだ。一度レールを敷いたら、それを変えること、または止めることが、まったくできない。
 
それは、昭和の戦争の最大の失敗だが、平成になっても、令和に代わっても、そこを学ぶことはしない。それはいったいなぜ?
posted by 中嶋 廣 at 08:59Comment(0)日記