立ち直っていく話――『ノースライト』

横山秀夫の長編ミステリー。これは面白い。
 
連れ合いの田中晶子は、それほど感心しなかったというが、それは脚本家という実作者と、僕のような単なる読者の違いによるだろう。その違いも面白い。
 
話の筋は単純である。
 
一級建築士の青瀬稔は、夫婦者から依頼があって、新築の家を設計するが、施主は忽然と姿を消し、空き家には、「タウトの椅子」だけが残される。タウトは、20世紀の巨匠建築家、ブルーノ・タウトのことである。
 
青瀬は探偵の役割を負い、試行錯誤しながら進んでいくわけだが、そのとき、施主から、あなたが住んでみたいと思う家にしてください、それが唯一の希望です、といわれたことが、重要なポイントになる。
 
この小説は、まず何といっても、文章がいい。程よくめりはりが効いていて、余計な装飾が一切ない。
 
そして、表に浮上してくる筋書きとは別に、青瀬は、バブルとその崩壊で、打ちのめされている。その渦中にあるときに、離婚もしている。
 
つまりこれは、酔いどれ建築士が、立ち直っていくというのが、真の筋書きである。
 
だから本当に話は単純で、内面の動きを除けば、アクションは少ない。
 
ここが、田中晶子の不満に思うところであり、僕が、息詰まる内面描写があって、好きなところである。
 
ハードボイルドという真の筋書きがわかってしまえば、離婚した女房の描写が、少々甘かろうが、姿を消した施主の依頼が、ちょっと浮世離れしてようが、僕は全然気にならない。
 
チャンドラー張りに、心を許しあった友人との「長いお別れ」、つまり死があり、ロス・マクドナルドのような、親の代までさかのぼる、因縁話もある。
 
そういうハードボイルドな話に、横山秀夫の文体はぴったりだ。

「タウトの椅子」が効果的に使われているのにも、唸った。
 
最後の、真相を解き明かす手紙も、地の文と混ぜ合わせて、実に巧みである。
 
久しぶりに、ハードボイルドの名作を読んだ。

(『ノースライト』横山秀夫、新潮社、2019年2月28日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 11:42Comment(0)日記