上級編集者論――『伝える人、永六輔ー『大往生』の日々ー』(6)

1999年、井上さんは長年親しんできた編集部から、営業部に異動することになる。これは、神保町界隈では、驚きの人事異動であった。
 
それはそうでしょう。『大往生』が200万部売れ、続編が何十万部も売れる編集者を、そこから外して、いったいどうするのか。岩波は、そんなに人材を取りそろえた、多士済々の会社なのか(もちろん皮肉)。
 
営業に異動する挨拶にきた井上さんに、永六輔は、こんな言葉を投げかける。

「部署が変わったから後任は誰々というのは、ぼくは好きじゃない」「いまはJAだって生産者が売っている。君も自分でつくって、自分で売ればいいじゃないか」
 
これは驚天動地の言葉であり、編集者にしてみれば、いわば勲章である。「覚書」を送って、著者の心臓を打ち抜いた成果だ。
 
井上さんは、こう書く。

「驚き、困惑するいっぽう、嬉しくも思ったことを正直に告白します。永さんが『仕事は君としたい』と言ってくれたわけで、こんな嬉しい言葉もない。」
 
そこで会社に戻って報告すると、なんと会社は、永六輔の担当は、従来通り君がやれ、ということになった。
 
このあと、「六輔ワールド第二幕」では、営業部の重役になった井上さんが、永六輔と一緒に、サイン会をやりながら、全国の書店を旅してまわることになる。
 
この全国の書店でサイン会をやるという案は、永六輔のプランだった。永六輔のプランではあるのだが、しかし見ようによっては、永さんは最後まで、井上さんの掌の上で踊り続けていたのである。

(『伝える人、永六輔ー『大往生』の日々ー』
 井上一夫、集英社、2019年3月10日初刷)
posted by 中嶋 廣 at 15:28Comment(0)日記