本当の疑問――『散るぞ悲しきー硫黄島総指揮官・栗林忠道ー』(1)

梯久美子の作品は、『狂うひとー「死の棘」の妻・島尾ミホー』『原民喜ー死と愛と孤独の肖像ー』と読んできたが、一番奥にある、作品を書く動機といったものがよく見えない。

それで、もとへ返って処女作、『散るぞ悲しき』を読んでみる。

これは硫黄島の総指揮官、栗林忠道を描いたものだ。

栗林は昭和20年3月16日、アメリカとの最終決戦を控えて、大本営に宛てて、「訣別電報」を打った。そこに三首の辞世があるが、それが新聞に発表されたときには、改変が成されていた。

  国のため重きつとめを果し得で矢弾つき果て散るぞ口惜し
 
栗林の電文では、最後の言葉は「散るぞ悲しき」だったが、「大日本帝国軍人」が「悲しき」とは何事だ、というわけで、新聞発表の際に、「散るぞ口惜し」に差し替えられたのだ。帝国軍人が、女々しいことを言うとは何事だ、というわけ。
 
こういうことについては、言いたいことはいろいろあるけれど、今は先を急ごう。

硫黄島の戦いは、第二次世界大戦史において、特筆される戦いだった。栗林忠道は、日本よりも、アメリカで有名になった。

「硫黄島は、はじめから絶望的な戦場だった。彼我の戦力の差を見れば、万にひとつも勝ち目はない。硫黄島の日本軍にはもはや飛行機も戦艦もなく、海上・航空戦力はゼロに等しかった。
 ……日本軍の玉砕は自明のことであり、少しでも長く持ちこたえて米軍の本土侵攻を遅らせることが、たった一つの使命だった。」
 
栗林忠道は、そのたった一つの使命を、十全にやり遂げる。
 
ところで、ここから一行おいて、こういう文章がある。

「……『鬼神を哭(なか)しむる』、つまり死者の魂や天地の神々をも慟哭させずにおかないような、すさまじくも哀切な戦いぶりを見せた……」。
 
栗林が「麾下(きか)将兵の敢闘は真に鬼神を哭しむるものあり」というのはいい。現実の戦場が、どれほど汚わいと屈辱にまみれようが、それを戦うのは、栗林忠道と部下の軍人なのだから、どう言っても、自分たちで尻拭いしなければならない。
 
しかし栗林の文章を、地の文に重ね合わせて、実際の戦場を描写するのはいけない。

引くところの、「すさまじくも哀切な戦いぶり」といえば、そこにはすでに、別の情感が忍び込む。それは、やってはいけないことだ。玉砕をどう修飾してもどうしようもない。というか、修飾は一切、やめるべきだ。
 
文章を修飾して、戦争を飾るのは、想像力の欠如、または戦争を隠蔽することだ。
posted by 中嶋 廣 at 12:03Comment(0)日記